藤村シシンぶろぐ


 

2012. 9. 23
      私が一番衝撃だったヘルメスの神話、
「ヘルメスが女に寝首かかれてバラバラ事件」について

※多少グロテスク、猟奇的な表現があります。ご注意ください。 
 
"Mercurium cum illi in monte dormientem invenissent, manus ei amputaverunt." 
そして、彼らは山で眠るヘルメスを見つけると、その体をばらばらに切り裂いたのだった。 
 
 
 
――ヘルメスをめぐる神話の中で個人的に一番の衝撃、 
「ヘルメスが恋人に寝首かかれてバラバラ殺人された挙句、死体を山の上からポイッ!と捨てられた」、 
「…しかも、そんな事をされてもヘルメスはまだ彼女の事を愛していた」事件。
 
 
…もう何度言っても衝撃なんですが! 
なぜヘルメスがそんな事になったのか、そんな事をされたのか…それを語る前に、まずは!まずはね…! 
私の妄想を聞いてほしい!! 
 
ヘルメスが体をバラバラにされた時、それを治したのが、ご存じ我らが医術の神・アポロンだったらいい、と!私、そう思うんだ――!!
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 
ムーサ1「我が君、大変です――っ!急患です!!起きて下さい!」 
 
アポロン「…うう〜ん…。きゅうかん…?今は診療時間外だ…明日起きたら治す。そこらへん転がしとけ。例えそれで死んだとしても、このアポロンは死を司る神でもある。私の肩書きに傷はつかん。大丈夫だ、問題ない。おやすみ。」 
 
ムーサ2「しかし我が君…ヘルメス様です!運ばれてきたのは、ご友人のヘルメス様です!!」 
 
アポロン「何ッ!?ヘルメス…!!?」 
 
ムーサ1「はい…!」 
 
アポロン「容体は!?あいつの事だ…
タンスの角に小指をぶつけたとか、道に落ちてたおにぎりを拾い食いしたとか、ようかん食いすぎて虫歯になったとか、そういうんだろう!?」 
 
ムーサ2「それが……。四肢をナイフで切り落とされた揚句、山から突き落とされた酷い有様で…。どうやら、
山で昼寝して油断しきっている所を、何者かに襲われたようです。」 
 
 
アポロン「それ私のヘルメスじゃない。暗殺の神が暗殺されるわけない。そのマヌケは一体どちらのヘルメスさんだ。」 
 
・・・・・・・・・・ 
 
ムーサ3「アポロン様、こちらです!」 
 
ヘルメス「……、う……」 
 
アポロン「…なんと…、原型は留めてないが、どうやら本当にこれは私の親友のヘルメスのようだ。…ああ、なんという姿に…」 
 
 
※ちなみに、この時バラバラにされたヘルメスを表現したのが、「ヘルメス柱」。 
このチンコだけしか残ってない姿から、色々とお察し下さい。 
 
 
アポロン「おい、ヘルメス、大丈夫か!まったく、酷い有様だ…美男子が台無しではないか!」 
 
ヘルメス「……っ…あなたも…、そんな青ざめた顔で…寝乱れたままの姿では…色男が台無しですよ…、アポローンの君……」 
 
アポロン「うむ、
この憎まれ口も確かに私のヘルメスだ!よし、私の道具を持ってきてくれ!治療をする!」 
 
ムーサ「はい!」 
 
アポロン「ヘルメス、今から手足を縫合する!……痛かったら右手を上げろ!!」 
 
ヘルメス
「いや、上げるべき右手が無いんですが……痛っ!痛いですよ!」 
 
 
 
アポロン「本当にひどいな。おい、なぜこんな事になったのだ!?」 
 
ヘルメス「……っそれは…。予言の神たる貴方の事……察しは、ついているはずでしょう……」 
 
アポロン「そなたの口から直接聞きたい。」 
 
ヘルメス「……」 
 
アポロン「闇の業に親しむ暗殺の神たるお前が、寝込みを襲われただと?あの百眼のアルゴスの首すらとったお前が?私の牛50頭丸々かすめ取ったお前が?――信じられぬ。誰にやられた。説明しろ。」 
 
ヘルメス「………、……っ…」 
 
アポロン「おい、いつもの減らず口はどうしたのだ。まさか弁論の神も廃業したのではあるまいな、
ヘルマディオン(ヘルメス坊や)」 
 
 
ヘルメス「…その呼び方は……やめて頂きたい。……今から話す事は、痛みでもうろうとしている中での、妄言なので……全てを信じないでほしいんですが……、」 
 
アポロン「安心しろ、お前の言葉は常に信用しておらぬ、詐欺の神よ。」 
 
 
 
ヘルメス「……この傷は……、女にやられました。」 
 
アポロン「…人間のか」 
 
ヘルメス「ええ、
僕の恋人に。ベッドの上で。」 
 
 
アポロン
「……お前、女とベッドでどんなプレイしたらこんな事になるんだ。激しすぎるだろう。この私ですら、恋人とSMプレイ以上はやった事は無いぞ!?」 
 
ヘルメス「…いえ、プレイの一環とか、そういうんじゃなくてですね……これは、純粋に復讐です。彼女を裏切った、僕への復讐です…。僕は、彼女の一番大切な宝物を盗んだのです…。愛する人を傷つけるのを分かっていながら…。彼女が僕を殺そうとするのも当然です…、……っ…」 
 
 
アポロン「……自責の念で、寝込みを襲われても抵抗しなかったのか。」 
 
 
ヘルメス「僕は、今日ほど自分が盗人の神である事を恨んだことはありません…。生まれてすぐにアポロンの牛50頭を盗んだり、アポロンの矢筒を堂々とスったりした時には、いささかも後悔などしなかったのに…!」 
 
アポロン「最後の言葉は聞かなかった事にしてやる。しかし、その口ぶりだとお前……まさか、こんな事をされてもまだその女を…?」 
 
 
ヘルメス「ええ!僕はまだ彼女を愛しています!ああ、アポロン!
僕は!今日を限りに、窃盗の神も、詐欺の神も、暗殺の神も全部やめます!!ゼウス様の伝令神一本でやっていきます!!彼女のために…!」 
 
アポロン「エエッ!?お前…私がダフネーにフラれたり、コロニスにお熱になっていた時にはさんざ馬鹿にしてくれた癖に、女のために仕事やめるってどういう事だ!?」 
 
 
ヘルメス「とにかく、早く僕の足をくっつけて下さい!盗んだものを彼女に返しに行かなくては…自分の足で!!」 
 
 
アポロン「………残念だが…ヘルメス… 
 
       …それは…もう永遠に叶わぬであろう。」 
 
ヘルメス「え?どういう事です、僕の足はそんなに悪いんですか!貴方でも治せないと…?」 
 
アポロン「いや、そなたならば神の身、例え千切りキャベツ状態でもこのアポロンが必ず治す。しかし……一度、冥王の下に下った死すべき人間は、例え私でも呼び戻せない。」 
 
ヘルメス「……まさか」 
 
 
アポロン「彼女は死んだ。我らの父ゼウスが、彼女とその家族に罰を下した。大気がゼウスの怒りに震えているのをお前も感じるであろう。…己の子を人間に傷つけられたのだ、父として当然の怒りだ。」 
 
ヘルメス
「畜生――ッ!!あのクソ親父の伝令神もやめてやる――っ!! 
 
 
窃盗の神もやめ!詐欺の神も、暗殺の神も全部やめ!!ゼウス様の伝令神も当然やめです!!あと僕に何残ってましたっけ!?」 
 
 
アポロン「う、うーん、運動競技の神とかかな…?」 
 
ヘルメス「それもこの体じゃしばらく無理ですね!
もう廃業!ヘルメスは今日を限りに廃業です!フンッ!」 
 
 
アポロン「いや、えーと、あっそうだ!お前にはまだ発明の神が残ってるではないか!ほら、なんだったっけ、この前お前が考えた、二人で取っ組み合いする遊び!」 
 
ヘルメス「!…」 
 
アポロン「あれは素晴らしい発明だった!神々や人間の間でも大流行している!お前が動けるようになったら、また私とあの遊びをやろうではないか!な?」 
 
 
ヘルメス「……違うんです。僕が考えたんじゃない。」 
 
アポロン「何?」 
 
ヘルメス「僕が、彼女から盗んだものとは、それです。――
『アイデア』。二人で取っ組み合いをする、という新しい遊びのアイデア。本当は彼女が考えたのに、僕は、自分が考えたと偽って広めたのです…。」 
 
アポロン「……」 
 
ヘルメス「……僕、発明の神も廃業ですね…。」 
 
アポロン「…ヘルメス、」 
 
ヘルメス「もう、僕の体はこのままにしておいて下さい。アポローンの君。どうせ、何もする気が無いんですから……」 
 
 
アポロン「いい加減にしろっ!それでもお前はアルゲイフォンテス(アルゴス殺し)と恐れられし神か!ドリオス(悪賢い)と謳われし知略の神か!!」 
 
 
ヘルメス「え…っちょ…痛っ!縫合中に揺すらないで下さ…っ」 
 
 
アポロン「この私が発明の神で、悪賢いヘルメスならば!例え女がすでに死んでいたとしても、盗んだ物を返す方法を考えるさ!!」 
 
 
ヘルメス「…!!」 
 
アポロン「それがお前の司る悪知恵というものだろうが!違うか!」 
 
ヘルメス「……いいえ…!違いません…!僕…自分のアイデンティティを見失ってました…!」 
 
 
アポロン「自己分析は結構だ。お前の悪知恵を聞かせてもらおう、ヘルメス・ドリオス(悪賢い)!」 
 
 
ヘルメス「彼女から盗んだ、取っ組み合いの遊びのアイデアですが…。その遊びには、まだ名前が付けていません! 
 
ですから、
僕は、その遊びに彼女の名前をつけます。 
 
この遊びが未来永劫、僕の名ではなく、発明者である彼女の名で呼ばれるように! 
…この方法で、僕は彼女に盗んだアイデアを返す!」
 
 
 
アポロン
「分かった、ではお前の愛した女の名を聞こう!」 
 
 
ヘルメス
『パライストラ(=ギリシャ語でレスリングの意)です!僕の愛した人の名は、パライストラです!」 
 
 
アポロン「では、ヘルメス。お前が動けるようになったら、また私と『パライストラ』をやろう!あの取っ組み合いの素晴らしい遊びをな!」 
 
ヘルメス「アポロン…貴方は…女運はないし、傲慢で自分勝手のクソ野郎ですが……確かに、光明と叡智の神のようです…!」 
 
 
アポロン「ふん、『医術の神』も忘れてもらっては困る!…ほら、縫合が終わったぞ。どうだ!」 
 
ヘルメス「おお、素晴らしい!」 
 
アポロン「まだ痛む所はあるか?」 
 
ヘルメス「いえ、おおむね良好です………、胸の奥が、まだちょっと痛いですけどね。」 
 
アポロン「それはこの医術の神たるアポロンでも、どうにもできぬ痛みだな、ヘルマディオン。」 
 
ヘルメス「…ふんっ、ヤブ医者め」 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 
――とまあ、妄想はこれくらいにして、 
このヘルメスとパライストラの神話の大筋は、 
 
パライストラはヘルメスの恋人。 
→ある時、彼女は新しい遊び(レスリング)を考案する。 
→ヘルメスがそれを聞き出し、改良して自分の名で全ギリシアに広めてしまう。 
→パライストラとその家族が激怒、盗人を殺すように命じる。 
→キュレネー山で昼寝中のヘルメス、襲われてバラバラにされ、 
山の上から投げ捨てられる。 
(※ヘルメスがバラバラ(キュロス)にされたので、この山はキュレネーという名が付いた。) 
 
→これを知ったゼウスが激怒、彼女を含む家族を殺す。 
→しかし、ヘルメスはまだ彼女を愛していて、この遊びに彼女の名「パライストラ」を付けた。 
 
 
――という流れで、
こんな古代から著作権問題が!?って感じなんですが!そしてアポロン一切関係ないんですが!! 
バラバラにされたディオニュソスも治したアポロンだ、ここでも駆り出されてたんじゃねえか!?と思います! 
 
あとヘルメスを
「ヘルマディオン(ヘルメス坊や)」(=格下の相手に使う愛称。)って呼んでるアポロンを一度書いてみたかった…! 
 
 
ちなみに、この神話が載っているのが、 
『アエネイス』8章138行目の「キュレネー山」に付けられた、マウルス・セルウィウス・ホノラトゥスの4世紀のラテン語の注釈の中、という、 
「そんなとこ誰がアクセスできるんだ!?」ってレベルの場所で!
 
 
いや〜探すの苦労したよ! 
だけど、なめるなよ!! 
私の知らないギリシャ神話があるなら、例えサンスクリット語の注釈の中に潜んでいても引きずり出してやるわ!ヘルメス!! 
…と言う事で、本気でラテン語読んできたぜ…! 
 
 
ヘルメスとパライストラの神話は、おそらく当時のアルカディア地方(ヘルメスの故郷)では、最も重要な神話の一つだったんじゃないかと思います。 
この注釈もそういう書き方だし、上記の通り、ヘルメス柱の由来とキュレネー山の名前の由来を同時に説明しているわけですから。 
 
私自身は、この神話を読んだ時、本当に衝撃でした! 
ヘルメスってこういう事するキャラだったっけ!?って! 
 
自分のせいで死んだ女の名前を、競技の名前に付けちゃうとか…今後、それを見るたびに彼女の事を思い出すに違いないのに……
あ、ヘルメスってそんな自虐的な事するタイプだった!?意外!って!(笑) 
 
注釈の中の神話なので、細かい所は語られてないのですが… 
ヘルメスはわざと寝首かかれたのかな?とか、 
本当に油断してたのかな?とか… 
色々想像が広がります!! 
 
 
――ちなみに、
「パライストラは、ヘルメスの娘のレスリングの女神」っていう別の神話もあるので!おまけ! 
 
 
 
 
こっちの神話だったら、間違いなくアポロンが手を出しているだろう。 
 
ああアポローン!ヘルメース! 
この二人が愛おしくて仕方ないぜ…! 
 
――ちなみに、今年の星彦さんと黒川さんの誕生日、あんまり盛大にできなかったので!懺悔もかねて、今回二人がアポロンの次に好きであろうヘルメスを語らせてもらいました!! 
 
ああ、この二人が愛おしくて仕方ないぜ! 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
拍手・コメントありがとうございます! 
大変励みになっております!! 
お返事ゆっくりお待ちいただければ幸いです…!!
  
 

初めまして。
いつも楽しんで読ませていただいています。
最近ギリシャ神話を読み始めた素人なので、藤村さんのブログはいつ見ても本格的なのに面白くて感嘆しています。
ギリシャ神話にはまりすぎたのか、初夢の中ではヘルメスと一緒に東京から北海道まで旅行してしまったぐらいです(笑)
最近、日記の更新がないので少し寂しいですが、これからもギリシャ神話を極めていってください!!!
..1/21 23:13(Mon)




藤村シシン
古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家。
高校で出会ったアニメ『聖闘士星矢』がきっかけでこの道へ。東京女子大学大学院(西洋史学専攻)修了。

◆著書『古代ギリシャのリアル』(実業之日本社)。◆ NHKカルチャー講座講師。◆2020年オリンピック採火式NHK生中継内、古代ギリシャ語同時翻訳。 ◆平成28年 東京国立博物館『特別展・古代ギリシャ』公式応援サポーター。 ◆UBIソフト『アサシンクリード・オデッセイ』公式コラボ ◆古代ギリシャナイト主催。 など。

お仕事のご依頼 euermo★gmail.com
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書籍『古代ギリシャのリアル』発売中。




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