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2008. 9. 1 古代ギリシャ史最大のピンチ!「ギリシャ人はキスしなかった」説
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前回、前々回の日記のとおり、 西洋古代史の集まりが連日続いているんですが… 古代ローマ史・西野「やあ!古代ギリシャ史の諸君!あいかわらず非生産的な毎日送ってるかい?」 山田(ギリシャ史)「出たよ、西野!何だ!?何しに出てきたお前!?」 ――えー…同じ「西洋古代史」とはいっても、我々古代ギリシャ史と、古代ローマ史の連中は完全なライバル関係です。そしてこの西野が今日、とんでもないことを言ってきました。 西野「フフフ、お前たちにいいこと教えてやろうと思ってな…知ってるか?『恋人同士がキスをする』という文化は、古代ローマから始まったものなんだぜ! 『キス』はローマの発明!つまり、古代ギリシャに『キス』は無かったんだ!」 ……… ――西野…お前に教えてやろうか? 古代ローマでなぜフェラチオがタブー視されたのかを? いいか、ローマでフェラチオがタブーだったのはなあ、ギリシャでフェラチオがタブーだったからだよ!! つまり、性的な文化に関してはローマはギリシャに依存してたんだっ!! それを何だ!?『キスはローマの発明』!?そんなこたぁフェラチオの一発でもかましてから言ってみろコノ野郎チキショウ!! …という内容を、もう少しオブラートに包んだ言い方で我々が言い放つと、 西野「じゃあ、藤村!ギリシャ神話で男女がキスしてるシーンを一つでも挙げてみろよ!!」 私「え!………。」 山田「何黙ってんだよ、藤村!いっぱいあるだろ!?アポロンがダフネーを追いかけてって、抱きしめてキスを…」 私「バカ、山田っ…!」 西野「わはは、バカめ!そのシーンはローマの詩人オウィディウスが創作したシーン!ギリシャ人が作ったギリシャ神話じゃないね!」 敵に塩を送ってどうする山田ぁあああ!! 山田「ええっ…それじゃ…!そうだっ!アポロンがコロニスの亡き骸にキスするシーンとか、ピュグマリオンがガラテアに…えっウッソーー!?それ全部ローマ!?まじかよーっ!!」 敵が一度も攻撃を仕掛けずして、オウンゴールで自軍がボロボロ!! 私「山田先輩、ちょっと黙ってて下さい!うかつに攻撃してもどうぜ全弾返されますから!!」 …考えろ…!ギリシャ人が書いたギリシャ神話のキスシーン…!! ホメロスの『イリアス』には無い…『オデュッセイア』にも、「親愛のキス」しかなかった気がする……ピンダロスや、アポロドロスも……って、ちょっと待てよ…! 無い!ほんとに無い!!ローマのものなら何十と挙げることができるのに!! ギリシャ神話のキスシーンが一つも思いつかない!! 西野「…な?無いだろ?ギリシャ神話の登場人物はキスをしなかったんだよ!!」 そんなの絶対におかしいっ!! アポロンはキスしなかったって事!? セックスはしたけどキスはしなかったって事!? 認めない…!絶対にそんなことは認めない…!! 山田「西野この糞野郎ー!もうおしゃべりは終わりだ!こうなったら男らしく正々堂々とパンクラティオン(※古代ギリシャで行われた制限なしの殴り合い)で勝負だ!!っしゃあー来いー!西野ォオ!!」 西野「なんでお前と殴りあわなきゃならないんだよ!!ちょ、寄るな山田!うわッ!お前、汗くさっ!!」 山田「大丈夫だ西野。汗のにおいなんざ全て血のにおいで消える…!」 ?「…あのぉ…ちょっとよろしいですか…?」 ――と、ここで二人の殴り合いに横槍を入れる一人の男が! 西野「…ん?あんた…誰?っていうか何その変なTシャツ…?」 ――そこに立っていたのは、『Tシャツの文字が右から読んでも左から読んでも同じ』でおなじみの、そう、あの男!! 黒川「…古代西洋の魔術と錬金術を研究しています、黒川です…。はじめまして…。」 私&山田「「黒川(さん)っ!!」」 黒川「藤村さん、山田さん、先日はどうも…」 相変わらず上から下まで真っ黒な服装、 そしてTシャツの胸元にギリシャ語の白ぬき文字で、 ΔΥΟΒΕΛΟΚΑΙΜΕΘΙΓΕΣ 私&山田((今日は回文じゃない…!!何だこれ…!?)) 西野「…僕は、古代ローマの剣闘士をやっている西野だけど…っていうかお前、なんでそんな文章のTシャツ着てるの?! 『銀貨2オボロスで、私を抱ける』 (ΔΥ ΟΒΕΛΟ ΚΑΙ Μ ΕΘΙΓΕΣ) って!?何、お前…どういうつもり!?」 黒川「フ、フフフ…ひっかかりましたね?これは古代ギリシャ語の多義文!切るところを変えると、 『銀貨2オボロスでは、私を抱くことはできぬ』 (ΔΥ ΟΒΕΛΟ ΚΑΙ ΜΕ ΘΙΓΕΣ) と全く逆の意味になるのです!」 西野「ねえ、ほんとにこいつは何なの!?多義文だか何だか知らないけど、お、お前、そんなTシャツ着てギリシャ行ったら2ユーロくらいでケツ掘られるぞ!?」 黒川あいかわらずスゲェエエーーー!! 黒川「…ところで、先ほどからギリシャでキスが無かった、という話をしてらっしゃいましたが…、西野さんのお話は、少し性急すぎるんじゃないかと…」 いわく、『あることを証明するよりも、無いことを証明する方がはるかに難しい。』 黒川「だから、『神話にキスシーンが無い=ギリシャ人はキスしない』という理論は少し乱暴では…?藤村さんも、そう思いませんか?」 よーし黒川。2オボロス払う。お前の知恵を私に貸せ。 西野「ふん、別に僕はギリシャ神話だけにこだわるつもりはないよ。 そんなに言うなら、探してみればいいじゃないか。 ギリシャで書かれた文章全体から、たった一つでもキスシーンを。」 ――てめぇ…後で後悔するなよ…? ――この未曾有の危機に直面し、 団結して立ち上がった我らギリシャ史3人衆! 山田「♪あーなたのキスをォーー!数えっまっしョオ〜〜!!一つひと〜つ〜ゥを――!!」(♪「あなたのキスを数えましょう」) 私「♪でもこの人生の難問っほどーいてみせーるよおー!こんなにっ捧げる♪裸のっくちびるっ!Kissして!!」(♪「kissして」) 黒川「はじめて〜のチュウ♪君とチュウ〜♪」(♪「はじめてのチュウ」) ――各自思い思いのキスソングを歌いながら、 キスシーンがありそうな古代ギリシャの史料を読み漁ってみることに。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山田「うーん…親愛のキスならたくさんあるんだけどなぁ…」 私「そんなんじゃ私とギリシャ神話の気が済みませんよっ!」 こっちはアポロンはキスしなかったとまで言われてるのよ!? キスで相手の五臓六腑吸いだしたる!ってくらいの激しいキスシーン探し当ててくれよっ!! ―と、そんなことを話してるうちに、 私「あっ!あったッ!!このエロティカ(恋愛詩)、キスシーンじゃないですか!?」 山田「えっ!?どれどれ!?」 プラトン作(※哲学者のプラトンじゃないです。) 私の魂ごとおまえに口付けたかったのに くちびるのところで押しとどめられてしまった ああ、アガトン、愛している 私がこんなに引き止めても お前は遠くへ行ってしまうのか 山田「っしゃああ!!勝利ーー!!なんだ、全然あるじゃん!口ほどにもないわ、西野!!わはははーー西野討ち取ったり!!」 黒川「いや、あの…でもこれ…この、作者の『プラトン』って、男の名前ですよね…?で、歌われてる『アガトン』も、男の名前、ですよね。だからこれって… 男と男のキスシーンじゃ…?」 私&山田「「……。」」 ――え〜…ここで古代ギリシャ人の言葉を引用させてもらうなら、 『真実の愛とは、男女の間ではなく、男と男の間に生まれるものだ。』 山田「男同士だって、これは恋愛のキスだろ!?よーし、これを西野にメールで伝えたるわ!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ――と、まあ、そんな感じで一応この話は収束したんですが、 今、家に帰って冷静に考えてみたら、 ギリシャ神話にキスシーンが無いのは本当のことだ! いや、ただ現存してないだけかもしれないけど! ギリシャ神話といえば、美しいキスシーンにあふれてるような気がしてたのに! アポロンがダフネーを追いかけてって、何度もキスするシーンとか! ナクソス島で、ディオニュソスがアリアドネーにキスするシーンとか…! ああ、それは全部ローマの詩人オウィディウスが書いたものだ!!ギリシャ神話の二次創作の同人誌の中の話だっそれは!! ちくしょう、本当に尊敬するわ、オウィディウス…!! お前の書いたギリシャ神話は、原作を超えた二次創作だよ! お前のギリシャ神話に対する愛が、ギリシャ神話の未来を永遠に変えた…!! でも、こんな風に、自分の価値観を粉々に打ち砕かれる体験ができるってのは本当にありがたいことです!しかもギリシャ神話で! 西野、まじでありがとう!! ――と、思った矢先に、山田先輩からメールが…。 (山田)「西野が、男同士のキスなんかダメに決まってるだろ!だって。それと、西野から藤村に言伝なんだけど、 『ギリシャ人の書く神話より、ローマ人の書く神話の方が優れてるとこれで分かったろ?分かったら、お前もさっさとローマ史に来い。』…なんて返す?」 (私)「……こう返して下さい。 『西野先輩、ギリシャが神話において一点でもローマに劣っている点があるとお考えなら、ぜひお申し付け下さい。二度とその軽口を叩けないようにしてさしあげます。』」 ごめん、西野先輩!なんか素直にありがとうって言えない!! ――そんなわけで、ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。 ちなみに、ギリシャ史とローマ史が仲が悪いのは、そうすることでお互いが切磋琢磨できるからです。西野と山田は普段は同じサークルに入るほど仲がいいよ!(笑) それと、黒川さんがコロ助みたいな高音で「はじめて〜のチュウ〜♪」とか歌いだした時は、ほんとに笑い死ぬかと思いました。お前、ヘビメタはどうしたよ!?って。 …あっ!今思い出したっ!ギリシャ神話のキスシーン!! 『ああ、アポローンの君!手を握ってくれ、そして俺にキスをしてくれ!』 ――男同士だからダメかな…。 ディオニュソスの従者、クサンティアスのセリフでした。 もっと探せばありそうだけどな…。 …拍手ありがとうございました!! お返事は、昨日の日記分に書きます! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ <以下、みんなでキスについて議論した内容を簡単にメモっときます。> ・ローマ人は、親愛のキスと、恋人同士のキスとを明確に分けてるが、ギリシャにはその二つを区別する言葉がない。 ・というか、ギリシャ語だと、「好き」という単語と「キスする」という単語が一緒だ。 ・ギリシャでは普通、恋愛で「好き」という単語は使わない。「愛してる」の方を使う。 ・じゃあギリシャ人にとって、「キス」という行為は、恋愛のための行為ではなかったのかも…。 ・ギリシャ人は、神話にロマンチックなラブシーンを求めてたわけじゃないので、キスシーンが無いのは当然。 ・文章化されたギリシャ神話は、いわば教科書的にまとめられたもの。だからそこにキスシーンがないのは当然だ。日本人が歴史の教科書に織田信長のキスシーンを書くか? ・文字じゃなくて、考古学の分野も調べる必要があるんじゃないか?つぼ絵には、キスシーンが描かれたものが残ってるかもしれない。 ・男同士のキスシーンならたくさんある。 ・男性同士の恋愛と、男女の恋愛ってそんなに区別されてたかな?もっと言えば、男同士のキスと、男女のキスって、別にして考える必要ないんじゃ? ・じゃあ、黒川さんと山田先輩、試しにキスしてみて下さい。 ・無理。 ・俺、アポロンとキスしろって言われたら絶対できるぜ。むしろしたい。でも黒川とは無理。
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アリストパーネスの平和「ειρήνη」の中に百姓のコロスがトラキア人の女中にキスするというセリフを述べています。(1139行) 古代ギリシアには間違いなくキスはありました。✌ |
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藤村シシン古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家。 高校で出会ったアニメ『聖闘士星矢』がきっかけでこの道へ。東京女子大学大学院(西洋史学専攻)修了。
◆著書『古代ギリシャのリアル』(実業之日本社)。◆ NHKカルチャー講座講師。◆2020年オリンピック採火式NHK生中継内、古代ギリシャ語同時翻訳。 ◆平成28年 東京国立博物館『特別展・古代ギリシャ』公式応援サポーター。 ◆UBIソフト『アサシンクリード・オデッセイ』公式コラボ ◆古代ギリシャナイト主催。 など。
お仕事のご依頼: euermo★gmail.com (*をアットマークに変えて送って下さい)
書籍『古代ギリシャのリアル』発売中。
★よく出てくる宿敵「黒川君」については →【黒川wiki】をご参照下さい。
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