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No.445 への▼返信フォームです。

▼ やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..平野 杳    引用
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名前と話には聞いていたのですが、やませ、に逢うのは初めて。聞きしに勝る強い風です。凶作風、餓死風、とも言うんだそうですね。吹き荒れる音もまたすさまじいものです。石巻から福島の小高(おだか)まで、梅雨に入ったばかりの東北の地を歩いて来ました。
雨の中、石巻に、鯉のぼりが泳いでいました。やませの風をいっぱいにはらんで泳ぐって、「負けないぞ!」という東北人魂そのもの。
  ..2013/06/01(土) 05:51  No.445
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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瓦礫の山はほとんどなくなりました。石巻港にできた日本一大きい瓦礫処理場で焼却されているんだそうです。
(瓦礫を埋めてふかふかのマウンドをつくり、その上に潜在自生植生…その土地にもともと生えていた木…を植樹し、森の防波堤をつくるやりかたは、ここではかなわなかったんだな、と、その処理場のあかりを眺めながら思いました)

見渡す限り野原(更地?)になってしまった中に、ポツンと残る家があります。「一家全部死んで、解体届けが出せない家が残っているんです」と、石巻救援センターの阿部さん。
  ..2013/06/01(土) 06:10  No.446
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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大川小学校の校舎です。生徒を運動場に集めて避難する前に津波がきました。校舎の裏山の山肌に叩きつけられた子は、そこでひっかかって一命をとりとめましたが…
  ..2013/06/01(土) 06:17  No.447
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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まだ、遺体がみつかっていない生徒さんもいるのだそうです。
  ..2013/06/01(土) 06:20  No.448
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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コンクリートを倒す津波の痕の前に立ちました
  ..2013/06/01(土) 06:29  No.449
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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学校の前の道路を絶え間なくトラック、ダンプカーが走り過ぎます。
道の向こうを流れる川には、蜆とりの船が行き交っていたのですが、その船も流されてしまいました。べっこうしじみ、がとれるんだそうです。
この辺りの田圃が水田によみがえるのは何年先なんでしょうね…
  ..2013/06/01(土) 07:02  No.450
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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解体されるかもしれない、と言われていた石ノ森章太郎漫画記念館が再開。この、まあるい建物、残って欲しいな、と願っていました。
  ..2013/06/01(土) 07:05  No.451
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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女川町は、原発の町。平成の市町村合併のおり、この町は町民一人あたり40万円の貯蓄があり、ほかの町は逆に40万円のマイナスだったため、女川町だけは合併しませんでした。なので、地図上でも石巻市の中にこの町だけが独立しています。この町にも、やませは同じ強さで吹き荒れていました。

この写真は、町の高台にある病院の敷地から、下を眺めたものです。
  ..2013/06/01(土) 13:08  No.452
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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高台の病院から見えた、倒壊した建物の傍に降りてきました。右手上に見えるのが病院です。あの病院の1階の駐車場まで、津波は上がっていきました。
  ..2013/06/01(土) 13:13  No.453
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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ここに、阿部さんの叔母さんの家がありました。津波が引いたあと、大きな穴があいていたんだそうです。渦を巻きながら土をえぐりとっていく。叔母さんの一家はまだ行方がわからず、「太平洋にもっていかれたんだと思います」と。

ここに駅もありました。駅舎はなくなり、列車は遠い左手の奥にある山裾の、お寺の屋根の上に乗っていました。
  ..2013/06/01(土) 13:23  No.454
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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阿部さんの車で石巻から女川に、海沿いの山道を走る途中の山あいにも、仮設住宅があります。でも、一人の死者もなく、みなさん、山の上にあるお寺に避難されました。
「チリの地震の津波のとき、僕は小学校4年生だったんです。おじいさんに連れられ山に逃げた。海の水が引いたら、津波が来ると、知ってますからね」

仮設住宅は石巻市に140箇所あります。住まう期間は最初2年間だったのが、3年間に延びました。3年でも、足りないんじゃないでしょうかねえ…

夜、地酒を呑み、ここでとれた魚やわかめを味わわせてもらったんですが、奥さんを亡くして一人暮らしをしておられる某さんが、
「仮設ったって、住んでたら自分の家だろうに。周りの草ぐらい自分で取れっちうの。草ぼうぼうだもの。ボランティアが草取りしてんだよ。物資をもらう時だけ出てきてさ」
と、身内を叱るように言っておられたのが、耳の底に残っています。
  ..2013/06/01(土) 13:45  No.455
 Re:やませの吹き荒れる石巻から福島へ  ..YOO    引用
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石巻から国道6号線を西に下って浪江町で、通行許可書のない車はそこから先には行けませんでした。この写真は、小高町で撮りました。

田圃の中にはひっくり返ったままの車がそのままにあり、地盤沈下なのか海水が一面に広がっています。学校の校庭には草がのび、青い実をつけた果樹園も草がぼうぼう、道路にも人家の庭にも人の気配がないのに、信号は赤から青に、青から赤に、きちんと変わっているのが不気味です。

海岸沿いを走って、改めて「東北」ではなく、「東日本」を襲った震災・津波なんだと実感します。どこまでもどこまでも、崩れてしまっているのですから。

「いらぶらず(苛々せず)、おこらず、いつも おはようございます、だ」
石巻で出会った某さんに教えてもらった、石巻の生き方。やませ。強いな……
  ..2013/06/01(土) 14:15  No.456



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