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  お下がり

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Name: みゆ
Date: 2008/08/14(木) 13:13   No:1191
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Title: お下がり    
お盆飾り(我が家では小さな机に蓮葉を敷いて野菜や果物を並べています)のお下がりは通常期のお下がり同様に食べても良いのでしょうか?それとも白飯と共に川に流さないといけないのでしょうか?


Name: 浄徳寺隆胤
Date: 2008/08/14(木) 13:28   No:1192
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Title: Re:お下がり    
浄徳寺の住職をしております隆胤と申します。
お下がりですが、近年は川に物を流すと汚染につながると言われてますので、皆さんでいただかれますことをお勧め致します。
川に流す、流さないと、いろいろな考え方がございますが、物を大切にするのも仏の教えでございます。


Name: 天台沙門
Date: 2008/08/15(金) 09:29   No:1199
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Title: Re:お下がり    
お盆のしきたりについては、宗旨よりも地域性のほうが強いので、一概には言えませんが、まずは広い意味での夏祭りのうち、仏教儀礼に基づいているものを「おぼん」と称していると考えてください。

「お下がり」のもともとは、供物を神に捧げて人々と神が一緒に食べる、という点にあります。「おぼん」の場合は訪ねて来てくれた先祖神を祀るための仏教儀礼ですから、ご先祖さんと一緒に食べる気持ちでいつもと同様に食べてしまう、というのが本来の姿でしょう。


ところで「夏祭り」では、多くの場合、なにかを河川に流すという方法をとります。なぜかというと、夏祭りで祀られる神は(1)疫病神(2)水神(3)田畑の豊穣神、だからです。(註:豊穣神の正体は先祖神です。)

疫病神は身近にいて欲しくないのでお供物をあげてご機嫌をとったうえで、形代と一緒に川に流してどこかに行っていただきます。
水神は河川にいるので供物を川に流します。京都の祇園祭の故俗では胡瓜や茄子を鴨川に流していました。(註:それを伏見辺りの人がそれを拾い漬け物にしていました。) ちなみに七夕飾りも川に流しますが、川をくだった海の彼方で天の川をさかのぼり天に願いを届けてくれるんだそうです。天の神は水神と同じ神とみなされます。

ただし、豊穣神に限っては一緒にご飯を食べてもらって、いつもいる場所に帰ってもらえばよいので、供物の川流しは無用というわけですが。


Name: みゆ
Date: 2008/08/15(金) 10:05   No:1200
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Title: Re:お下がり    
解りやすく、丁寧な解説ありがとうございます。
お供え物は、少し頑張って良い物を買うようにしていますので、子供達がいつも狙っています。
これからは、沢山の世代の交流だと思って家族みんなで美味しく頂きたいと思います。ありがとうございました。

ところで質問の主旨とは違いますが、お下がりって味が変わりますよね?
やはり御先祖様が召し上がっている証拠でしょうか?


Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/08/15(金) 12:44   No:1203
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Title: Re:お下がり    
浄徳寺隆胤様、 天台沙門様、横合いから失礼申し上げます。合掌

<<ところで質問の主旨とは違いますが、お下がりって味が変わりますよね?
やはり御先祖様が召し上がっている証拠でしょうか?>>

味が薄くなったり、ぼそぼそすることもありますから、そう思うことのほうがすっきりいくのではないでしょうか。
ご先祖様が身近にいてご加護して下ることを思えば、日常の生活を疎かにできないというわけです。
不可思議なことは追求しすぎないで素直に受け止めることも必要かと存じます。
みゆ様に仏様やご先祖様のご加護が尚一層ございますように祈念申し上げます。
ご精進下さい。合掌


Name: 天台沙門
Date: 2008/08/18(月) 10:06   No:1221
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Title: Re:お下がり    
「お下がりって味が変わりますよね? やはり御先祖様が召し上がっている証拠でしょうか?」

そう思ったほうが世間がおもしろいのでそう信じましょう。


ただし、私自身は不可知論者でして(1)本当に味が変わるのか? (2)変わったとして供物だからなのか? の2点を考えてしまいます。
例えば、
 同じ部屋に仏壇と食卓があったとして、仏壇モノと食卓モノでは味は変わらないんじゃないか。
とか
 夏の盛りに墓前に捧げたものと空調の利いた室内の仏壇に捧げたものなら、墓前モノの味が落ちるのは当然だろうし、冬なら暖房の室内のほうが早く痛むかな。
と考えてしまうわけです。

他の条件をすべて同一にし、かつ二重盲検法にのっとった場合に統計上有意な数値として神前仏前のものの味が変わっていれば、神仏の供物としたので味が変わったと結論することができます。(註:人間の味覚を客観化することは困難なので、反論の余地は残ります)


戸板康二『ちょっといい話』には「撮影に使われた料理はまずくなるが、それは照明の熱で痛むと説明できる」という話に引き続き、あるプレイボーイが「撮影のあった日のモデルも味が落ちる」と言うエピソードが載っています。セクハラなので昨今の版にも載っているかは不明です。


Name: みゆ
Date: 2008/08/18(月) 16:57   No:1222
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Title: Re:お下がり    
大変興味深いお話をありがとうございます。
私が「?」と感じたのは特に果物なんですが、我が家では供物として、まるごとお供えする時と頂き物などを一緒に食べる感じでお皿に分けてお供えする時があります。後者の場合に特に感じるのですが、同じ一つの実なので考えにくいのですが、甘味が増したりみずみずしくなったりする事もあるのです。(ちなみに仏間と居間は隣り合わせで襖は常に開けているので温度湿度に差はないと思います。)
家族は「おじいちゃんも食べたね」と幸せな気分で会話しています。
小さな事ではありますが神仏を身近に感じて生活できるきっかけかなと考えています。ありがとうございます。





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