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  無題

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[28980] 在家

Name: nicol
Date: 2016/07/03(日) 22:08   No:28971
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Title: 無題    
悟りのような考えが浮かんだり
相手を赦そうという(赦すも何も勝手に相手の行動に苛立ち恨んでるのはこっちなのですが)思い、優しく接しよう・思いやろう、と考える時期もあったのですが、心の底からそう思えていないのか、悲しかった記憶を手放しきれない自分がいるのか結局元に戻ってしまいます。
むしろ中途半端な結果、反動で悪化して返ってきているような気がします。

一般の周りの人相手にはそれほど苛立つことはないというか、
寧ろ自分にも非があったんじゃないか→(からの)嫌な思いを作ってるのはそう感じた自分自身だ、自分が悪いんだ。。
ととりあえず自分を責めます。

一般の周りの人以外とはだれかというと、母親なのですが。
家族と言っても所詮は他人、とわかろうとしてもどこか特別視してしまっている自分がいる様で。
いつまで経っても昔に受けた仕打ちが忘れられず(それに関して謝られたこともないので…というかあれだけ言い合ったのに相手は気付いていないのかもしれませんが。)親を憎んでばかりいます。。



Name: 在家
Date: 2016/07/04(月) 07:14   No:28972
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Title: Re:無題    
それは悲しかった感情が解放されていないからです。
感情を解放してあげるには、「自分が悪いんだ」と自分を責めるのではなく、自分の感情を許して、その感情を満喫してあげます。
そうやって自分を許すことが心の習慣になれば、自然にお母さんを許すようになります。

具体的なやり方は「EFT-Japan」で検索して、セミナーを受けることができます。
ここは「タッピングセラピー」と称していますが、タッピング自体はそれほど重要ではないので、全体を参考にしてください。

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 ○ 回答者からお願い
この掲示板は年齢性別の区別がないので、女性の方は最初に「女性」と記入してください。女性でも仏教(真理)の答えが欲しい方は無記入でお願いします。
どちらも年齢を記入していただくとより正確にお答えできます。
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> 悟りのような考えが浮かんだり
> 相手を赦そうという(赦すも何も勝手に相手の行動に苛立ち恨んでるのはこっちなのですが)思い、優しく接しよう・思いやろう、と考える時期もあったのですが、心の底からそう思えていないのか、悲しかった記憶を手放しきれない自分がいるのか結局元に戻ってしまいます。
> むしろ中途半端な結果、反動で悪化して返ってきているような気がします。
>
> 一般の周りの人相手にはそれほど苛立つことはないというか、
> 寧ろ自分にも非があったんじゃないか→(からの)嫌な思いを作ってるのはそう感じた自分自身だ、自分が悪いんだ。。
> ととりあえず自分を責めます。
>
> 一般の周りの人以外とはだれかというと、母親なのですが。
> 家族と言っても所詮は他人、とわかろうとしてもどこか特別視してしまっている自分がいる様で。
> いつまで経っても昔に受けた仕打ちが忘れられず(それに関して謝られたこともないので…というかあれだけ言い合ったのに相手は気付いていないのかもしれませんが。)親を憎んでばかりいます。。
>


Name: nicol
Date: 2016/07/04(月) 13:23   No:28975
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Title: 長くて書き込めなかったので分けます    
子供のころに受けた冷たい対応、具体的には
小学生・中学生の私が必死に「家を片付けて」と何度も真面目に切実に訴えかけても話をしようともせず「ふーん」「だから?」「それで?」と椅子に腰かけテーブルの上に肘をつき両手を組み、その上に顎を乗せ顔を突き出しその場しのぎのわけのわからない微笑(余裕を装ってるつもり)をして人を小馬鹿にし続けた態度がいつまでもいつまでも脳裏にフラッシュバックして拭い去れないんです。
現在は一緒に住んでいますが、仲が悪いのでお互い干渉しないようにしています。話しかけられると殴りかかってしまいそうで、そんな自分も嫌です。

母親は私が保育所に通うより少し前ぐらいの頃に離婚し近所にあった実家に私と兄と弟を引き連れ移り住みました。
その実家は母と母の兄の叔父がそれぞれ独り立ちして出て行った後に
おじいちゃんとおばあちゃんが2人で暮らすのを考えて建て直したそうです。
そんな家を、母はゴミ屋敷に変えてしまいました。
リビングも母の物で埋もれ、物は乱雑に積み重なり壁も見えずテーブルの上も機能していません。客間も趣味のアイドルグッズとそのアイドルが出ている番組をカセットテープで録画し後で見返すことなど1度もしなかったのに貯め続けそれらを収納するラックと棚で圧迫され棚の外には段ボールが山積みになり、引き出しは空きません、棚もクローゼットもそこまで辿り着けないので機能しないし使おうともしていません。
仏壇のある部屋は洋服ダンスがあり、そのほとんどは母の衣装でうまり、その部屋にも段ボールに乱雑に詰め段ボールの外には中に納まらなかった衣装やらグッズが乱雑に散らばり、客間も仏間も床が見えない&段ボールとゴミの山で壁のように連なっていました。

兄と弟は家が汚いこと自体に不満はありつつも、ゲームできればいいという感じで我関せず、特に変えようとはしませんでした。

私は母の兄の叔父ちゃんとその奥さんに遊んでもらったりして仲が良かったので、叔父ちゃんから「お前の母親は片付けられないからあの家を片付けられるのはお前(私)だけだ。お前がしっかりしてくれよ。片付けてくれよ。」と聞かされ続けました。
叔父ちゃんと母は犬猿の仲で物心ついたころには仲が悪かったです。
叔父ちゃんは何かとハッキリしている性分なので、(俺の意見が正しいんだ!)と感じられる物言いが周りからは(生みの親であるおじいちゃんから見ても)少し怖く、対照的に母は何に関しても面倒くさがりでズボラで言い訳ばかり並べる性格なので、なんとなく仲が悪いのも子供ながらに納得していました。
叔父ちゃんとお母さんは合うと喧嘩になるし、人が喧嘩しているところは見たくないので自分が家をきれいにできるよう頑張ろうと思いました。
おじいちゃんも事あるごとに家が汚いことを嘆いて、でも母の前で不満を言うと母はヒステリックになるだけなので陰で私や兄弟に愚痴をこぼしていました。
そんな姿も見て、私が綺麗にするしかないと思いました。

でももちろん、自分の物を勝手に捨てられたりするのは嫌なので、数年はまず言葉で訴えかけようと小学3、4年の頃から口頭で母にお願いしました。
最初の頃は「自分の物片付けて。いらないもの捨ててね」とお願いしてましたが、何度いっても聞いては貰えず、「今度忠告したら勝手に捨てちゃうからね」「いついつまでに片付けてくれてなかったら勝手に捨てるからね」と注意しました。
そんな言葉も空しく一向に家を綺麗にしてもらえなかったので、中学生になりある程度自分で実行する力を得た自分は忠告した通り実行に移しました。

第一段階目は仏間に散乱した着てもいない服を処分し、よく着ているのを見る服は残し、箪笥に整理し、箪笥に納まる量だけを残しました。
思い出のありそうなグッズや物などは残しあくまで衣服だけの処分に留めました。
これは客間の母のアイドルグッズやらはさすがにまだ勝手に触るのが気が引けたので、「口で言っても聞いてくれないなら本当に掃除実行しちゃうんだからね?」と警告のつもりでした。
これに懲りて客間やリビングの自称大事にしてるもの(分投げて放り出されてほこりまみれの汚れたしわくちゃの「大事な物」ですが)を自発的に片付けてくれたらな、と少しばかり期待し、様子を見ようと思ったのです。

ですが、母はそれでも一向に片付けてくれなかったので、ある時堪忍袋の緒が切れた私はついに客間とリビングの物も一掃してしまいました。
主に、毎日毎日録画はすれど一度も見直すことのないビデオテープの山や、ほこりまみれ虫の死骸と糞まみれのアイドルがほんの一部だけ載っているからととっておいている折れた雑誌類、壊れた小物、使っていないラックなどです。
友人からの手紙やらは勝手に捨てたくないのでゴミの山から出てきた菓子缶を綺麗にしその中に保管して、長年そこまで辿り着けずに開かずにいたクローゼットも隅々まできれいに拭き、その中に収納しました。
あと判断に難しいものは裏にある曾祖父が済んでいた物置になっている平屋に移しました。
まぁ、案の定母は怒りましたけど、こっちはこっちで散々言ってきたじゃないかと怒りました。。こっちだって人の物を勝手に捨てるのは気持ちのいいものではなく、不快なのに。
「勝手に捨てるのは悪いよ、私が全部悪い」という私がいますが、「じゃあ部屋を綺麗にしてもらいたい一緒に住んでる人達はいいなりになってずっと我慢しているしかないの!?」という自分もいたり、「もう考えるのめんどくせ」と無関心な自分がいたりいろんな自分が自分の中で渦巻いています。


Name: nicol
Date: 2016/07/04(月) 13:24   No:28976
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Title: 長くて書き込めなかったので分けます2    
私は心が脆く傷つきやすいのに、でもそれを知られるのはどこか恥ずかしく、また、そんな弱い部分を見せたら母にその部分を攻撃されるので必死に隠しました。
隠す私が悪いのでしょうが、そんな私の心内を知りもしない母は
普段何気ない会話の中で、昔の思い出話になりだすとやたらと掃除で捨てられた物を思い出し「あぁー。あの時マミ(私です)が捨てちゃったから〜…」と言い出し「ハァァー…」とこれ見よがしにわざと大きなため息をつき何年たっても私を責め続けました。大変嫌な思い・心苦しい思いをしたのは片付けた私の方だって同じなのに。
私は心が脆く、本当はマザコン気質母親が好きで母親依存だと思います。
それだから上のように言われるたびにすぐ泣きだしたくなり、楽しく会話をしていたのにもう居心地が悪くなり自分の部屋に逃げ込み悔し泣きしていました。
しっかり反論できればいいのですが、頭が真っ白になり、何も言えなくなってしまう自分を恨みました。
そこからだんだん母とは話さないようにするようになりました。会話をしたくても、いつまた話の脈絡も関係なく何の前触れもなく地雷が作動するのか怖く、楽しく思い出話もできないから。
自然にそんな母を避ける様にもなりました。
ちなみに母は、とっておいてあるものの確認も自分でしようともしていません。
クローゼットや裏の平屋に私が残したものの確認もしようともせず所詮はその程度の「大事な物」なのに「大事な物」という認識だけを大事にして私にその鬱憤をぶつけてきます。
それを口で言っても無意味でした。もはや言葉が通じないのか。私が口下手だから通じないのか。もしかしたら私は障害者なのかとどんどん歪んでいきました。
いや、最初から歪んで生まれてきたのかとも思います。人として正しい感覚をもって生まれてこれなかったのかと思います。

ただ「綺麗な家」で「仲のいい家族」になりたかったのに
(叔父ちゃんと母はおじいちゃんに何かと冷たくあたり、母と叔父ちゃんは仲悪いので)
おじいちゃんも兄妹も叔父ちゃんも叔父ちゃんの奥さんも母も笑って仲睦まじく暮らす絵を思い浮かべていたはずなのに
自分が行動した結果はすべてかけ離れた現実に変わりました。
諦めちゃだめだと自分なりに考え突き進んだ結果は誰も幸せになってもらえませんでした。
私の行動はすべて無意味だったのでしょうか。
きっとやり方が悪かったのだろうと思いますが、優しくも言ったし厳しくも言ってみたし行動もしてみた、、他にどうすればよかったのかわかりません。

家は何度掃除してもすぐ汚い状態に戻るので今もまた汚いままです。
1階はもう諦め、自分が身を置いている2階だけ綺麗に保てるよう心掛けています。
私も気が滅入っていたころ、何もする気になれず寝たきりの状態になり、部屋が汚れていきました。今はだいぶ回復してきたので、自分の部屋も片付けられましたが、そんなこともあったので、母がかたずけられないのも心の問題なのかなと思いますが、、母の場合はズボラな性格が十分に問題があるとも思います。。

溜まった感情をガーッと書き綴ってしまい、文章にまとまりがなくすみません。。
誰にも話せずにいたことを吐き出したので、少し楽になりました。
長々と愚痴を零してしまい申し訳ありません。



親に対する憎しみも、自分の所為を親のせいにしたいだけなんじゃないかという自分もいますが、傷ついた事実は事実だと般若の顔をして言い返してくる自分がいるんです。
それとともに、心の中を覗くと、幼い姿の自分が泣いている姿ばかり湧いてくるんです。
それを見て自己愛もほどほどにしろよ、(いつまでも昔の嫌な記憶に捉われてるんじゃないしがみついてるんじゃない)自分に酔ってるんじゃないよと辛辣な言葉をかけてきたり茶化してくる自分もいるんです。(←こういうこと言う自分の中の自分は本当に嫌な性格だと思うのでなんとかしたいのですが、、いつからいたのかも解らないし、はたまた昔からこんなんだったんじゃないかとも思います。)
自分を愛さなきゃ人を愛せないというから一生懸命自分を愛そうとする自分もいます、もしくは自己愛が歪んでるから、愛し方が間違っているから、こんなにドロドロとしていつまでたっても不安定な心なままなのかとも思います。
自分は何でこんなに醜く汚いのか悲しくなります。
悲しくなるたびに自分は天邪鬼で悪魔の化身だと思います。
綺麗な心の方、心をコントロールできる方、自分を律せる方がうらやましく、自分もそんな風になりたいです。。自分の芯が欲しいです。。
どんなふうに生きればいいのかわからないです。
歩き方も立ち方もわからなくなってしまいました。

感情的で読みづらくわかり辛い文面で申し訳ありませんが、
もし、こんな自分にも何かアドバイスいただけたら幸いです。。


Name: nicol
Date: 2016/07/04(月) 13:30   No:28977
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Title: Re:無題    
一番最初のタイトル部分が操作を誤ったみたいで無題となってしまいましたが、「恨みにとらわれてしまいます」です。。
恨まず、憎しまず、心を平常に保てる考え方、思考、不安や悲しみなど負の感情にとらわれないよう自分をしっかりもつアドバイスなど頂けたら幸いです。。


Name: 花月園瑞鶴
Date: 2016/07/04(月) 21:38   No:28978
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Title: Re:無題    
悟りとは、釈尊に則していえば、すべての事物は因と縁によって成り立っているのだから、今この瞬間の自分は空にすぎないという自己客観化の認識ではないか?

今は悪いが後からしてみれば善かったと思えるかも知れないし、昔は良かったかも知れないが今は悪いのかも知れない。自分の良いことが他者にも良いとは言い難いし、他者によって悪いことだからこそ自分には善いことなのかも知れない。

家族といっても所詮は他人と悟れたなら、親だって他人と割り切るのがスジだろう。
あいつを怨むことであいつに縛られないで、と歌ったのは中島みゆきだったかな?
誰かにも書いたが、親に感謝する義務はあっても親が子の将来を決める権利はない。

その現実は現実として受け入れたうえで、現実と戦うということが人生だ。宿命は変えられないが、運命を変えることが人生と言い換えてもよい。
孫子曰く「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」だ。負けるとわかれば逃げればよい。勝てる相手ならばたたきのめせばよい。
もちろん、それも過去になるのだがね。


Name: 在家
Date: 2016/07/06(水) 06:09   No:28980
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Title: Re:恨みにとらわれてしまいます    
あなたがことごとくお母さんを否定するから、否定したものが自分に還ってくるんですよ。
あなたがそのままのお母さんを受け容れられるようになれば、あなたの苦しみはなくなります。
一生一緒に暮らすわけではありませんから、今はそのままのお母さんを受け容れられるようになることです。

「否定しない心=受け容れる心=許す心=愛」です。
愛は、怒り、憎しみ、悲しみなどの自分の蓄積された感情を愛し、それを満喫することから始まります。
上で申し上げた方法を繰り返して、自分の習慣に定着してください。

否定的な習慣は自分の狭量によるもので、それはお母さんだけでなく、将来ご主人になる人に対しても同じようになる可能性があります。
今のうちに否定しない習慣作りを一生懸命やられたらよいと思います。
原因が自分にあるということは、自分が悪いということではありませんので、くれぐれも自分を否定しませんように。


> 一番最初のタイトル部分が操作を誤ったみたいで無題となってしまいましたが、「恨みにとらわれてしまいます」です。。
> 恨まず、憎しまず、心を平常に保てる考え方、思考、不安や悲しみなど負の感情にとらわれないよう自分をしっかりもつアドバイスなど頂けたら幸いです。。






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