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  死後はどうなるのか

[30430] 白黒兎
[30431] 在家
[30432] 白黒兎
[30433] 在家
[30435] にわぜきしょう

Name: 白黒兎
Date: 2018/01/15(月) 21:10   No:30430
  返信  引用  編集 
Title: 死後はどうなるのか    
小学校二年生の夏、祖母の七回忌がありました。
私の記憶にある中で、死について初めて考えるきっかけでした。

母に、「人は死んだらどうなるの?」と問いかけました。
「死んだら無になるの。何もなくなるんだよ」と教えられました。

現在、三十路も見えてきて、仕事もしている身ですが、
あの問いかけからずっと染み付いてしまった考え方が、
今も離れずにいます。

死んだら無になる。
なら、頑張ろうとサボろうと、
楽しかろうが苦しかろうが、
死んだら何も変わらない。
だったら、努力なんてしたくない。
苦しいことを正面から受け止めたくない。
どうせ最終的には同じ結果が待っているのだから。

それはいつ死んだって同じだ、という考え方でもあります。
あーぁ、誰かが殺してくれないかな。
そんな風に思って日々を過ごしています。

事故を起こして集中治療室に入ったことがあります。
今でも、「あの時死ねていたら楽だったのにな」と思います。
この時に気を失っていましたが、後から「死ぬというのは、あの状態に限りなく近いのだろう」と考えると、
妙に納得できます。臨死体験と言いますし。

死後には天国と地獄があって、のような話をよく聞きます。
誰がそんなことを言い出したのでしょう。
誰が見てきたのでしょう。
証拠は?
死後の世界を写した写真でも持ってきなよ。
そうでないのならば、存在しないと考えるべきだ。
あるかもしれない、という希望的観測に則って考えるのは、
とても理性的ではないと考えます。

実際はどうなのでしょう。
死んだら無になるのか、何か違う世界でもあるのか。
確信を得るに足る証拠と共に、知りたいと思います。

そうでなくては、何も頑張る気になりません。
全て無駄になるのですから。



Name: 在家
Date: 2018/01/16(火) 07:05   No:30431
  引用  編集 
Title: Re:死後はどうなるのか    
あなたはそのような疑問をどこでどのように考えているか証拠を提示できますか?
心を写真に写せますか?
心は観えないエネルギーなので、今のところ心が存在する証拠は何もありません。

死ねば身体は腐敗して大地に還ります。
何故生きていれば腐らなくて死ねば腐ると思いますか?
身体の生と死の瞬間を分けるものは何だと思いますか?
それは死によって身体から抜け去る何かがあるからです。


死後身体を脱皮した自分という心は変わりなく存在し続けます。
死後の心は霊体を持っていて霊体の感覚もあります。
生前との違いは思考がないので感情が表面に表れていて、似た者同士が集まるようになります。
それが天国や地獄が形成される理由です。

そのような死者の霊体が観える霊感を持つ人が、少なからず世の中にいるのです。
その人たちの証言をまとめて、死後世界の様子が私たちに伝えられています。
しかし少数派を迫害するのは煩悩の常であり、信じるか信じないかは受け取る人の自由です。

証拠がなければ信じないという人は、「心は身体の付属物」という二十世紀に起きた唯物論を信じればよいでしょう。
それとて心の証拠がない以上、何の根拠もない想像に過ぎません。
証拠がないのはどちらも同じで、先入観がどちらか?というだけです。


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> 小学校二年生の夏、祖母の七回忌がありました。
> 私の記憶にある中で、死について初めて考えるきっかけでした。
>
> 母に、「人は死んだらどうなるの?」と問いかけました。
> 「死んだら無になるの。何もなくなるんだよ」と教えられました。
>
> 現在、三十路も見えてきて、仕事もしている身ですが、
> あの問いかけからずっと染み付いてしまった考え方が、
> 今も離れずにいます。
>
> 死んだら無になる。
> なら、頑張ろうとサボろうと、
> 楽しかろうが苦しかろうが、
> 死んだら何も変わらない。
> だったら、努力なんてしたくない。
> 苦しいことを正面から受け止めたくない。
> どうせ最終的には同じ結果が待っているのだから。
>
> それはいつ死んだって同じだ、という考え方でもあります。
> あーぁ、誰かが殺してくれないかな。
> そんな風に思って日々を過ごしています。
>
> 事故を起こして集中治療室に入ったことがあります。
> 今でも、「あの時死ねていたら楽だったのにな」と思います。
> この時に気を失っていましたが、後から「死ぬというのは、あの状態に限りなく近いのだろう」と考えると、
> 妙に納得できます。臨死体験と言いますし。
>
> 死後には天国と地獄があって、のような話をよく聞きます。
> 誰がそんなことを言い出したのでしょう。
> 誰が見てきたのでしょう。
> 証拠は?
> 死後の世界を写した写真でも持ってきなよ。
> そうでないのならば、存在しないと考えるべきだ。
> あるかもしれない、という希望的観測に則って考えるのは、
> とても理性的ではないと考えます。
>
> 実際はどうなのでしょう。
> 死んだら無になるのか、何か違う世界でもあるのか。
> 確信を得るに足る証拠と共に、知りたいと思います。
>
> そうでなくては、何も頑張る気になりません。
> 全て無駄になるのですから。



Name: 白黒兎
Date: 2018/01/16(火) 12:11   No:30432
  引用  編集 
Title: Re:死後はどうなるのか    
>在家さん

お返事ありがとうございます。

仰るように、心の在り処を証明、あるいは証拠を提示することはできません。
心を写真に写すこともできません。
ただ、紛れもなくこうして考えている自分があるのだから、
自分の中のどこかに心というものが存在することは、
疑いようがありません。
……と、このように申し上げることしかできません。

死を契機に身体から何かが抜ける。
これは、脳の活動が抜ける、身体からなくなる。
と、私は理解しているつもりです。
腐敗せぬように、有害物質を排出し、
血液を巡らせ、細胞を振動させ、
動ける身体を維持している状態。
これが、生きているということではないか、と考えます。

身体から脱皮した心は、思考を失い感情が表面に出る、ということは、
死んだ後の心は、生まれたての赤ん坊、あるいは認知症と同じ状態になる、ということでしょうか。

死後の世界、霊界というのでしょうか。
こうした存在を信じるための、例えば霊感のある人ですとか、霊能者ですとか、
こういった方々にお会いしたことがなく、
「そのような世界が本当にあるのだろうか」と疑ってしまいます。

「死後の世界は存在しない」というのが私の先入観ではあります。
死後の世界の存在、そして生きている間との関連。
これを確認することができれば、
良い結果に向けて取り組もうという考えです。

分からないから知りたい。
知った上で考えたい。
ただ、無駄に生きるだけではなく、何か、意味が欲しいのです。
「そういうものだ」と無理やり飲み込むのでなく、
何か、確信が欲しいのです……。


Name: 在家
Date: 2018/01/17(水) 07:31   No:30433
  引用  編集 
Title: Re:死後はどうなるのか    
それを確信するには自分で霊界を体験するしかなくて、霊感を開発する修行法がありますが、海千山千の世界ですから危険を伴います。
よい霊媒に出会えれば死者と話をすることができますが、出会いはあくまで縁のものです。
とりあえずできるのは本を読むことでしょう。

「エマニュエル・スウェデンボルグの霊界」全3巻
https://www.amazon.co.jp/dp/4886399282/
これは「霊界日記」の抄訳ですが、スウェデンボルグは「霊界日記」を発表するまでは著名な科学者で、科学的な目で霊界の体験を語っています。
本が苦手であればマンガ版も紹介されています。


スウェデンボルグはキリスト教徒なのでそれ以上開示されなかったと思われますが、死者はいつまでも霊界に留まるわけではなくて、そこでもう一度死を迎えて個としての存在「自分」を終えることになります。
カルマだけが残されますが、その後カルマが再び個として生まれる準備を始めます。
それが仏教でいう「輪廻転生」の代表的なサイクルです。

カルマというのは生前に犯した絶対的な罪で、死後の主な仕事は自分で自分の罪を裁くことです。
「生前の一部始終が、隠すことなく頭上のスクリーンに公開される」と表現する人もいます。
それが「閻魔大王による裁き」に当たるものです。
人はそのカルマを解消するために何度も生まれ、何度も失敗します。


> >在家さん
>
> お返事ありがとうございます。
>
> 仰るように、心の在り処を証明、あるいは証拠を提示することはできません。
> 心を写真に写すこともできません。
> ただ、紛れもなくこうして考えている自分があるのだから、
> 自分の中のどこかに心というものが存在することは、
> 疑いようがありません。
> ……と、このように申し上げることしかできません。
>
> 死を契機に身体から何かが抜ける。
> これは、脳の活動が抜ける、身体からなくなる。
> と、私は理解しているつもりです。
> 腐敗せぬように、有害物質を排出し、
> 血液を巡らせ、細胞を振動させ、
> 動ける身体を維持している状態。
> これが、生きているということではないか、と考えます。
>
> 身体から脱皮した心は、思考を失い感情が表面に出る、ということは、
> 死んだ後の心は、生まれたての赤ん坊、あるいは認知症と同じ状態になる、ということでしょうか。
>
> 死後の世界、霊界というのでしょうか。
> こうした存在を信じるための、例えば霊感のある人ですとか、霊能者ですとか、
> こういった方々にお会いしたことがなく、
> 「そのような世界が本当にあるのだろうか」と疑ってしまいます。
>
> 「死後の世界は存在しない」というのが私の先入観ではあります。
> 死後の世界の存在、そして生きている間との関連。
> これを確認することができれば、
> 良い結果に向けて取り組もうという考えです。
>
> 分からないから知りたい。
> 知った上で考えたい。
> ただ、無駄に生きるだけではなく、何か、意味が欲しいのです。
> 「そういうものだ」と無理やり飲み込むのでなく、
> 何か、確信が欲しいのです……。
>



Name: にわぜきしょう
Date: 2018/01/17(水) 08:49   No:30435
  引用  編集 
Title: Re:死後はどうなるのか    
少し、お邪魔させていただきます。

>この時に気を失っていましたが、後から「死ぬというのは、あの状態に限りなく近いのだろう」と考えると、
>妙に納得できます。臨死体験と言いますし。

これは臨死体験とは違うかと…。
と、同じく事故に遭ったことのある身で言わせていただこう。

>死んだら無になる。
>なら、頑張ろうとサボろうと、
>楽しかろうが苦しかろうが、
>死んだら何も変わらない。

色即是空 空即是色?
自分の心を本や彫刻等の芸術としてこの世に残した人たちが大勢いますよ。
一般人でも国会図書館に本を寄贈すれば保存されます。

>死を契機に身体から何かが抜ける。
>これは、脳の活動が抜ける、身体からなくなる。
>と、私は理解しているつもりです。
>腐敗せぬように、有害物質を排出し、
>血液を巡らせ、細胞を振動させ、
>動ける身体を維持している状態。
>これが、生きているということではないか、と考えます。

あなたにとって、今は“有る”なのですね。
“有る”事の証明は、触れる・見られるという事なのでしょうか。

動ける体を持っているから“生きている”?
動ける体を持っていても、動かせない者もいます。
動かせない体を持っていても、機械によって頭が生きている者もいる。
そんな彼らは死人?

>実際はどうなのでしょう。
>死んだら無になるのか、何か違う世界でもあるのか。
>確信を得るに足る証拠と共に、知りたいと思います。

>そうでなくては、何も頑張る気になりません。
>全て無駄になるのですから。

“動ける身体を維持している状態”のあなた。
しかし動いていなさそうなあなたは“生きて”いる?

あなた以外にも沢山同じ事を考えて来た先人たちがいる。
それこそ何100年も前から。
そして万人が納得する答えなど出ていない現状。
あなたがこの問いに答えを出してみる?

あなたはいつまで考えるだけで“生き”られる?
時間は今も過ぎているよ。

我思う、故に我あり。という言葉もあるのだけどね…。


 
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