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Name: MOJI
Date: 2022/05/28(土) 16:42   No:32783
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
「運が良くなる」とか「成功する」といったテーマの書籍に、しばしば登場するのは、神仏や先祖への感謝が大切だということ。

一般的な神社や寺院などはそれでいいのですが、先祖については、先祖が原因で不幸なことになったり、また迷惑をかけられたりしたことことがあるので感謝ができません。

ということは、祖父母とかおじとか、近い先祖なのですが。

そういう場合、どうしたらいいのでしょうか。



Name: 通りすがり
Date: 2022/05/28(土) 19:23   No:32784
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Title: Re:無題    
あまり細かいことは考えないことですよ。細かいことを言い始めたら、感謝できる人がいなくなってしまうかと思います。誰でも欠点がありますし、失敗することもあります。

単純に、「あなたが存在してくれたお蔭で、自分が産まれてくることができた」という点において感謝したらよいのではありませんか。




Name: MOJI
Date: 2022/06/12(日) 15:06   No:32826
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Title: Re:無題    
ご回答ありがとうございます。

>あまり細かいことは考えない
>あなたが存在してくれたお蔭で、自分が産まれてくることができた

まあ、事と次第によりますね。
その理屈だと、虐待死させる親も感謝の対象になります。

旧弊なものを子孫に残さず、自分の代で断ち切るためには、
むしろ先祖の悪いところを遠慮せず炙り出してやったほうがいいと思うのです。


Name: 通りすがり
Date: 2022/06/12(日) 17:33   No:32827
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Title: Re:無題    
そうですね、虐待死させる親でも、「産んだ」事実は変わりませんから、その点に限れば感謝の対象ですよ。当然「殺した」ことは感謝しませんよ。

仏教では、あくまで各事象、各部分について単独で評価しますので、「まるごと」とは見ません。
例えば「車」について、車というものは存在しないとみます(部品が組み合わさって車という概念のものが成り立つとみる)、親というものも、それぞれを分けて捉えます。勿論、自分自身である「私」もですよ。

別段、あなたがご先祖についてどうしようが興味はないですが、怨みをもって行為を行うと、自身にとってよい結果にならないというのが因果の法則です。ご参考までに。


Name: MOJI
Date: 2022/06/13(月) 00:50   No:32828
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Title: Re:無題    
ご回答ありがとうございます。

>怨みをもって行為を行うと、自身にとってよい結果にならない
全く仰るとおりです。

>仏教では、あくまで各事象、各部分について単独で評価
これもよくわかります。

私は、「先祖のこれこれこういうところが原因で、私の人生のあのときにこんな不幸をもたらし、現在も禍根を残している」と、事実に基づいた総括を、心のなかで行ったり、家族で話したりすることがありますが、そうすると、必ず悪いことが起こります。

先祖がバチをあてた(?)のかどうか知りませんが、もしそうならなおさら、子孫には先祖の悪い部分を受けつがないでほしいと願うものです。


Name: 通りすがり
Date: 2022/06/13(月) 07:56   No:32829
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Title: Re:無題    
お分かりとは思いますが、因果の法則とバチは違います。バチ自体、仏教では無いですね。他の宗教か、土着信仰の発想ではないかと思います。
仏教では、先祖に限らず、怒りなどの感情で行動すれば、それは悪行為(悪因)ですので、先々で悪果が有り得ます。

先祖も貴方と同じ人間です。愚かさもあれば過ちもあるでしょう。どんな内容かは知りませんが、子孫にまで怒りを引き継がない方が子孫のためでしょうね。


Name: MOJI
Date: 2022/06/13(月) 15:33   No:32830
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Title: Re:無題    
そうですね。各宗派に質問して、いずれも「バチはない」という答えをいだいています。

ただそれは表現の問題で(便宜上そう表現しただけで)私の言いたい本質ではなく、要するに、先祖の生前の生き様とこちらへの迷惑を総括すると、必ず悪いことが起こる、ということを言いたかっただけです。
もう「ジンクス」ではなく「セオリー」です。

たとえば、
父の兄がS学会に入って強引に檀家(信徒)をやめ、父に(祖父母の墓の)祭祀承継を押し付けたくせに、父も父の兄も亡くなると、父兄の息子は黙って自分の母親の骨を納骨しようとした⇒祭祀承継もしないのに勝手なことをするなと注意したら逆ギレされ、連日脅迫まがいの電話⇒拙宅火災で妻子は心肺停止(一命はとりとめた)

祭祀承継を押し付けたのは父の姉で、父がなくなってから17年も経ってから過去帳を一方的に母に送りつけてきたので、数年前、私はその息子に過去帳をお返しし、あなた方で祭祀承継をしてくれないかとお願い⇒突然、妻も私も重篤な病気のリスクを抱える所見がでて、家は2度引っ越しても繰り返し受動喫煙で子供たちが気管支をやられてしまい、一家ボロボロ。

こういう経験をしましたが、これは納骨させないから、過去帳を返したから先祖が怒っているのでしょうか

そもそも火災自体が、父兄の息子の仕業かもと私は疑っていますが、そうでなかったとしても、家督も相続していないのに善意で祭祀承継して墓をたて法事もやって、50年間仏壇も位牌も守ってきた亡父⇒母⇒私に対して、ひどい先祖だと思います。ですから墓じまいと位牌のお焚き上げでけじめを付けたいのですが、さらに悪いことが起こるのか心配しています


Name: 通りすがり
Date: 2022/06/13(月) 17:17   No:32831
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Title: Re:無題    
あくまで仏教の見方で回答します。仮にご先祖が良くないところ(いわゆる、地獄、餓鬼、畜生)に転生したとします。この中で、餓鬼が幽霊といわれるものですね。

幽霊(餓鬼)になっていたとして、墓に執着するという話を聞いたことはありません。
餓鬼は飢えや渇きに苦しむ生命ですが、例えば子孫が善い行いをして、それを先祖に回向すれば、苦しみが和らぐという側面があります。

ですので、納骨などの墓に執着するというよりも、供養が問題ではと思いますね。苦しみを何とかしたくて、供養を望んでいるという可能性はなくもないかなと思います。
あくまで、餓鬼に生まれていて、現世に影響力を及ぼすだけのチカラがあれば、の話です。

あくまで私の感じたこととして申し上げますが、ストレスが原因ということはないでしょうか。寝不足、積み重なる苛立ちで不注意になっていた、などということはありませんか。ストレスは万病のもとといいますが、病気の大きな原因です。

仮にご先祖のどなたかが餓鬼となっていて、助けを求めていて悪いことが起こっているならば、墓じまいと位牌のお焚き上げで終わるかは甚だ疑問ですね。
餓鬼の寿命は5百年と言われます(人間界の時間で計算すると1万5000年だそうです)。なので、継続的に供養しないといけないのではと思いますよ。

別に、お寺に布施するとかではなくて、仏教でいう善行為は、他人に優しく接するといったものもあります。そういう善行為をして、「今ここで積んだ功徳をご先祖に回向します」と念じるだけで供養できます。

ちなみに、仏教徒であればという言い方は微妙かもしれませんが、お寺に行ってお経を読んだりした後に、基本、回向文を読みますので、ご先祖への回向は、仏教徒であれば一般的に行う行為となります。

あと、補足すると、功徳を回向すると自分の分がなくなるのではと思うかもしれませんが、回向することで逆に大きくなるのが功徳です。なので、回向はした方が自分にとっても良いです。

(そっちの方の感覚が他人より強いですが、自分は余り信用していないので、あくまで参考情報としてお伝えします。

そっちの話をすると、そっちのものが寄ってくるといいます。
貴方の質問に今回回答していて、些細ではありますが、いつもは起きないようなトラブルが1件起きたのと、寒気を感じましたので、そちらの方面の可能性も結構否定できないように思います。供養(回向)をしっかりした方がよいかもしれません)


Name: MOJI
Date: 2022/06/14(火) 06:53   No:32832
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Title: Re:無題    
ご回答有り難うごさいます。
見ず知らずの、面識もない者にその都度付き合っていただき、痛み入ります。

ストレスや感情的なこと、不注意等は間違いなくあります。
ただ、鶏が先か卵が先かみたいなもので、「不運・不幸なことがある」⇒「ほしのもとを呪う(自分の不幸な人生についてああでもないこうでもないと考え込む)」⇒「運気が落ちる」or「不注意の失敗をする」という感じで、おおもとは何だと言ったら、やはり客観的な不幸から始まっているように思います。

私としては、いつ、どんな不幸が自分にあったか、その前後で自分は何をしたかをまとめ、その不幸と自分の言動や行為は関連があるのかどうか、そして私はこれからどうすべきか、どこかお寺に足を運んでご相談申し上げたいと思っていますが、そういうのはどう申し込んだら良いのでしょうか。どこのお寺でも受け付けているのでしょうか。


Name: 通りすがり
Date: 2022/06/14(火) 07:34   No:32833
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Title: Re:無題    
「ほしのもとを呪う(自分の不幸な人生についてああでもないこうでもないと考え込む)」自体が、仏教的には悪行為で、次の悪い結果をつくる因になりますので、関連を熱心に調べても「ブッダは因果や縁起を説いているので、そういうことがあっても別段不思議はない」で終わるのではと思いますよ。

種をまいても光や水がないと芽がでないように、業(行為)の結果は単体で起こるのではなく、様々な縁もあって起こります。
目先での行為によって悪いことが起こるというわけでもなく、昔の、または過去世でずっと積んできたものでも起こります。

何によってその結果がもたらされたというのは、ブッダぐらいしか分からない(それほど因縁は読み解くのが困難)ので、目先の事象について調べて論じても、自分の気持ちの問題を解消するぐらいでしかないのではと思います。

要は、相談したところでどうしようもない、ということです。因果や縁起は真理ですので、悪行為を止め、善行為をするのみです。
悪行為について、自分が気付いていない行為もしてしまっているかもしれませんので、丁寧に話を聞いてくれるお寺さんに行って、仏教の因果、縁起、善行為・悪行為について聴くのはいいかもしれません。
普段お世話になっている寺院に普通は行きますが、無いならば、ハスノハのようなのを利用して良さそうな和尚さんを探すのもいいかもしれません。

仮に納得いく内容の話が得られなくても、仏教に興味をもって悪行為をなくそうと意欲を起こすこと自体が善行為ですので、運気をよくする一助になろうかと思いますよ。


Name: MOJI
Date: 2022/06/14(火) 14:56   No:32835
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Title: Re:無題    
ご回答ありがとうございます。
くよくよ考えてもわからない、そしてそれは悪いことだということですね。

ご丁寧にお答えいただいたところで、関連でもうひとつだけ教えてください。←ホントにもうひとつにとどめますから……

高齢の母親が2017〜2018年にかけて、半年間、口から一切食べられず、栄養を送る点滴からは真菌に3度も感染して多臓器不全になるなどして、医療従事者からも「お迎えかもしれない」といわれたことがあります。

それが、点滴をつけたまま退院させて辛抱強く栄養を少しずつ入れたら、なんと回復して、ご飯も食べるようになり別人のようにふくよかになり、散歩や買物までできるようになり、馴染みの薄かった私の子供ともコミュニケーションを取ったりなど、本人にとっても大変良い時間になりました。

ところが、1年後の2019年から、その反動のように急に我が家の運気は低下して、なぜか今までなかった受動喫煙に悩まされ、仕方なく実家に戻るとそこでも受動喫煙。私はそれで強度の化学物質過敏症になってしまい、妻も器官に異常を発見され、それ以外にも諸々、悪いことがこれてもかこれでもかと起こっています。(現在進行形)母もその頃から再び下り坂になりましたが、こちらは卒寿を過ぎているのでたんに加齢かもしれません。

2019年は、押し付けられていた過去帳を親類に返したり、先祖から続いていた姓を変更したりしたので、そのせいかなと思っているのですが、もうひとつ、2018年の母の奇跡的な回復への感謝が足りなかったのではないかという気もしています。

その場合、感謝の意を仏の世界にきちんと表明するにはどうしたらいいのでしょうか。
たとえば、感謝のお経をあげていただくとか?
先日のお話のように、「全体」としての先祖には複雑な思いがありますが、「部分」である「母の回復」については、心から感謝したい気持ちは持っています。


Name: 通りすがり
Date: 2022/06/14(火) 20:26   No:32836
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Title: Re:無題    
「仏の世界」と仰るのは、神仏ではなくて、ご先祖のことを指してますよね。その前提で申し上げます。

心のチカラというのは偉大です。病は気からといいますが、逆に、回復させるチカラもあります。退院することで本人の気持ちも変わったでしょうし、家族が回復を願う心もあったため、回復できたのではないかと個人的には思います。
ちなみに本当に心で強く願うと、希有な事象ではありますが、親族の間であれば、死ぬはずの人間が代わるという現象も起きます。要は「身代わり」ですね。自分の友人で、実際にそんな現象がありました。

「感謝が足りなかったのでは」についてですが、基本的に、感謝=供養(積んだ功徳の回向)だと思いますよ。そもそも先祖といっても、次の世界に転生していますので、人間界に関わってくる可能性が高いのは、餓鬼になって助けを求めている先祖です(天界などの善いところに生まれた場合、そもそも人間界に関心がないといいます)。
ですので、仮にチカラを貸してくれたお蔭で回復したとしたら、供養が御礼として適切となります。

基本、運気は続きます。悪い業が実を結ぶと、他の悪い業も実を結び始めるので、悪い運気が続くのです(逆もまたしかりです)。
悪い業が実を結んでいるときに、落ち込んだり怒ったりすると、そこでまた悪い業をつくっているので、なかなか抜け出せなくなります。

運気が悪いときは、じっと耐えつつ、募金や献血などの善い行いをするのが良いといいます。善い業をつくることで、悪い業が実を結ぶのを止めようとするわけですね。

そもそも、自身にとって心地よい状況を得るには、自身にそれだけの功徳がなくてはなりません。過去世などで積んだ功徳で、いま、この世で、気持ちよく過ごすことができるのです。逆にいえば、功徳が尽きると終わりなんです。使い果たすわけですね。

ブッダではないので、何故、貴方がそのような状況になっているのか読み解くことはできませんが、善い行いをして損はありませんので、運気が悪いなら積極的に、善い行いをするよう努めてみてはどうかと思います。


 
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