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  宗派は先祖と同じでなくてもよいのでしょうか?

[3902] あずき
[3904] けん
[3905] 水波坊
[3906] 天台沙門
[3907] あずき

Name: あずき
Date: 2010/10/06(水) 15:50   No:3902
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Title: 宗派は先祖と同じでなくてもよいのでしょうか?    
はじめまして。
宗派のことでご相談させてください。

先祖代々から受継がれている宗派があると思いますが、
その宗派というのは、先祖とは違う宗派でもいいものなのでしょうか?

先日義母が他界し初めて葬儀を執り行いました。
お墓も、義父(昭和一桁の次男)が寿陵墓を建てていましたので、
お墓のあるお寺のお坊さんに葬儀をお願いしました。
その寿陵墓は、義母方の兄弟三人で義母方の宗派(義父は婿養子ではありませんが)のお寺でした。
実は私達も葬儀を終えて知ったことなのですが、義父曰く私が建てるのだから、宗派も自由に変えてよいということでした。
もちろんお墓の墓石の種類や場所などは自由であってよいと思います。
今回の葬儀で初めて、○○家の先祖の宗派とは違うことを知り、当然、義母も先祖とは違う宗派のお墓に納骨されてしまいました。
宗教は個人の自由ですが、それは信仰する宗教のことであって、
宗派は別ではと思うのですが・・・
長男でないからと自分が建てるお墓であっても、一般的には先祖の宗派に統一するものではないかと思っていたのですが、現在では個人の自由なのでしょうか??
一般的にはどのようになっているのでしょうか?

義母の四十九日後より、突然私自身体調が悪くなり毎日具合が悪く、今回のことが大変気がかりでいます。
宗派のこととは関係ないことと思いますが・・・ご先祖様からお叱りを受けているような、何かのメッセージのようなそんな気がしています。

また、義父が建てた寿陵墓ですが、なぜか建立者は主人(息子)
にしてしまっています。
自身が建立者でなければ寿陵の意味がないと思うのですが、建立者に関しましても何分無知なもので、教えていただけましたら幸いです。
どうぞ、宜しくお願いいたします。




Name: けん
Date: 2010/10/07(木) 17:08   No:3904
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Title: 教えてください    
先祖は浄土真宗一筋で来たんですが、自分は真言宗を信じてます。
将来、長男なので仏壇を見ないといけないんですがどうしたら良いでしょうか?


Name: 水波坊
Date: 2010/10/07(木) 18:24   No:3905
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Title: Re:教えてください    
個人的にはもちろん、自分自身が信じている道を行くべきですし、そうでなければ信仰・信心にはなりません。
問題は代々の宗派ということですが、これは状況によります。
まず、自分が本家の筆頭でない分家筋であれば、菩提寺も含めて自由だと思います。うちの場合でも兄弟でみんな宗派が違う人もいます。
本家の筆頭である場合でも、寺院墓地がなく、菩提寺とのつながりも薄い場合は、改宗して寺を移動するのもアリでしょう。
問題は寺院墓地がある場合ですが、この場合、改宗すれば墓も移動させなくてはならないかも知れません。

私であれば、家の宗派はそのままにして、法事などは従前のようにやると思います。
基本的に、宗派の違いは人間の都合・妄念無明の分別心の産物であり、本性の真如・仏・真理には別に宗派に拠る区別などないと思っていますので、私自身は宗派云々にほとんどこだわりはないです。
川を渡るのには色々な船がありますが、どれに乗っても向こう岸には着くでしょう。穴が開いていなければ。そして、伝統的に形成されてきた船は、ほとんどのものに穴は開いていないものです。
船の形や色に心を奪われて大切なものを見失うことはありません。要は向こう岸に渡り、そしてどのように生きるのか。それだけが大切です。


Name: 天台沙門
Date: 2010/10/09(土) 12:43   No:3906
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Title: Re:宗派は先祖と同じでなくてもよいのでしょうか?    
基本的に、信仰というものは個人のものでありますし、日本人の信仰感覚では生きているうちの信仰がどうであれ、菩提寺に仏式で祀られれば安心するというところがあります。そもそも、多くの人が菩提寺さんの宗旨を意識していないというのが現実です。
宗旨宗派の違いは、基本とする経典の違いであり、祖師さんの仏教解釈の違いであり、勤行の方法と儀礼の違いにすぎません。例えば、浄土教系では死者は極楽浄土に往生するのに対し、密教系では大日如来(宇宙の真理)と一体化して成仏するなどと、教理的には死者の行先に関する理解が異なります。
ですが、本然的に仏教は死後の世界を説かない宗教です。
「諸法皆空、諸法無我」や「諸行無常、是生滅法」などの具体例として「人はいずれ赴くべきところがある」という大枠の諦観さえきちんとしておけば、理念的な差異は方便の一環として放置しておくのが仏教らしい態度といえます。


Q1
先祖とは違う宗派でもいいのか?
A1
かまいません。
なぜかというと、家(一族)の墓が菩提寺と結びついたのは「寺請制度」という徳川幕府の宗教政策がもとです。そして、それ以前からあった、一族の墓に葬られる、という自然な風習と結びついて、特定の宗旨をもつ菩提寺という寺の墓に先祖から子孫まで葬られるようになったのです。
また、嫁に出た女性や婿に行った男性も、実家ではなく婚家の菩提寺に葬られることになりますから、当然、ご先祖と宗旨は変わります。宗旨宗派が個人のものではなく家のものであるからです。


Q2
寿陵墓の建立者
A2
確かに、ご本人が建立者ですから建立者銘もご本人というのがスジですが、それほど気にすることもないかと考えます。
ですが、より丁寧にというのであれば、「戒名」という「死後の名」をすでに決めてしまって墓石(墓誌)に刻んでしまうことをお勧めします。本来、戒名とは仏教徒になったことを示す名の変更であり、または西欧文化でいうところの墓碑銘であろうと考えますので。
なお、存命の方の名を彫った場合は赤く染めて区別します。夫を亡くした妻の名を、夫の戒名を刻む際に一緒に刻んでおくという風習があります。


Name: あずき
Date: 2010/10/09(土) 21:34   No:3907
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Title: Re:宗派は先祖と同じでなくてもよいのでしょうか?    
天台沙門さま
ご回答ありがとうございます。

宗派の違いも、 寿陵墓の建立者も特に問題ないとのことで、
ほっとしました。

>より丁寧にというのであれば、「戒名」という「死後の名」をすでに決めてしまって墓石(墓誌)に刻んでしまうことをお勧めします。
 
 戒名を刻む・・・そのようなことも出来るのですね。
 事前に決めるということが可能なんですね。

些細なことではありますが、ようやく心が晴れたような気がします。ありがとうございました。


水波坊さま
ご回答ありがとうございます。
けんさんへのお返事だったでしょうか・・・

>自分が本家の筆頭でない分家筋であれば、菩提寺も含めて自由だと思います。うちの場合でも兄弟でみんな宗派が違う人もいます。

 ご兄弟でそれぞれ違うというのもありなんですね。
 宗派の違いはそもそも人間の都合。そのようですね。
 ありがとうございました。




  
 
 





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