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[5451] 天台沙門

Name: 相模野
Date: 2016/12/07(水) 11:25   No:5447
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Title: 験    
実は、ある出来事が起きて、それはどういう意味だろう?とあちこちの掲示板に問い合わせたのですが、まともな回答をいただけなくて、こちらにまいりました。
先日、大きな駅のホームで突然コンタクトレンズがはずれてしまいました。再購入するとなると大きな出費となるので、本当に焦ってホームの上にへばりつくようにして探しました。すると周りにいた人も心配してくださって、一心に探してくださいました。そのうち駅員さも加わって、あちこち探したのですが、出てきません。電車が発車するので、列をつくって並んでいた人達が一斉に電車に乗ってできた空間から、それは出てきました。あんなに大勢の人がホームの上にいたのに、無傷のまま・・・ 「あ、あった!」と駅員さんが摘み上げてくださったのですが、駅員さんも驚いていらっしゃいました。私はもう感謝、感謝の気持ち、一緒に探してくださった女性2人と駅員さんにただただ御礼を申し上げて・・・
さらに近くの売店にいらした売り子さんが、「汚れたから私の洗浄液使いなさいよ」と言ってくださって・・・
そして、帰宅すると、生駒聖天様の7日間の浴油祈祷の領収書が届いていました。これはどういう意味があるのでしょうか?
勝手に自己流の解釈をするとまずいと思って、お尋ねします。
また、場所は某京王線の橋本方面の急行が停まる新宿駅のホームです。駅員さん、本当にありがとうございました。



Name: 天台沙門
Date: 2016/12/08(木) 16:51   No:5448
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Title: Re:験    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

たまたまの幸運と人々のが親切があったということで、それ以上でも以下でもないと考えたほうがよいでしょう。今回の幸運と親切に感謝し、では自分も誰かに親切にしようとおもっていただくことがよろしいかと。

まずは聖天さんへの願意は何であったのか、ということを振り返ってみましょう。
失礼な表現ながら、貴方がコンタクトレンズの回収が聖天さんの功徳であったと考えてしまうと、本来の願意は果たされないような気がします。なぜなら「功徳」が今回のことで「使われてしまう」からです。

私が好きな言葉に「信仰の結果として奇跡が起こるのではなく、奇跡の結果として信仰が深まる」というものがあります。いうまでもなく、奇跡などなくとも信仰は深められます。むやみに神仏の領域にある奇跡を信じるよりも自分を含めた人の営みを大切にして、どうしても努力と人知の及ばないところだけを神仏に祈るほうが誠実なありかたと考えます。

以上、ご参考までに。


Name: 在家
Date: 2016/12/10(土) 02:29   No:5449
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Title: Re:験    
望みが実現するのは、神仏(聖天)以前に人間に潜在する力によるものです。
人間には微力ながら願望を実現する如意(神)の力が備わっています。
しかも大勢の思いが重なるとその力はとても大きくなります。
今回はその条件が整っていましたね。

神仏の働き方は人の思いが重なるように、人間の力を増幅(底上げ)するだけで、神仏が人間に代わって奇跡を起こすわけではありません。
日ごろから神仏に親しんでいると、強い思いを持った時、神仏がその人の力を増幅するので、自ずと望みが実現するようになります。

今回がそうであったかどうかは神仏しか知りませんが、そうであることを確信して神仏に喜びを伝えることが、次の機会に神仏の力を引き出すプラス効果になります。


Name: 相模野
Date: 2016/12/12(月) 16:06   No:5450
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Title: Re:験    
ありがとうございます。

何かにひかれるように先日の休みに宝山寺にお参りしてまいりました。何か語り掛けていただけるだろうかと心ひそかに期待しておりましたが、神様からのお言葉はありませんでした。
ただただその清明な佇まいに圧倒されておりました。
心のうちにいつも神仏を感じて日々を過ごしたいと強く思いました。


Name: 天台沙門
Date: 2016/12/16(金) 11:20   No:5451
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Title: Re:験    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

ご参拝お疲れさまでした。今後も聖天さんとのご縁を結ばれますようお祈りいたします。



以下は長い余談です。

僧侶の世界では「聖天さんは怖い」ということになっております。この場合の「コワイ」とは「恐い=恐ろしい」ではなくて「強い」・「畏怖すべし」ということです。験があることは確かので「強い」のですが、生半可な修行では吉事がないどころか凶事があるとされていますので行者にも一定以上の覚悟を求める「畏怖すべし」天部であるということです。

ところで、叡山には「十二年籠山行」というものがあります。この行を始める以前に『三劫三千仏名経』という経典に基づき仏の名を唱えつつ五体投地礼を行い仏の姿を観じる「好相行」という行を修める必要があります。一日三千仏の礼拝を行じること三ヶ月ほどで観仏に至るとされています。
また、鎌倉初期の栂尾の明恵上人は験のある方として知られていましたが、弟子から験を得る方法につき訊ねられたとき、「正しい方法を長く続けていれば誰でもできる」と答えたそうです。

どの神仏に何をお求めかは個人の自由です。また神仏に憧憬の念をもつことも信仰の端緒として好いでしょう。ですが憧れることと信仰することは別物です。努力=修行なしには神仏に近づくことはできません。
基本的に「仏」とは人の望ましい人格を象徴として仏格化したものです。仏そのものは自分自身がより善い人になろうとする意志(=菩提心)とそのための努力(=六波羅蜜)によって自分自身の変化として現る、いわば内的な存在です。
同様に「神」とは人との契約によって人になにかを与えてくれる外的な存在です。神との契約というと一神教的ですが、日本の神も「祭」という契約の儀式によって様々なご利益をを保証してくださることに変わりはありません。

いずれにせよ神仏とのおつきあいは「正しく・長く」ということです。ご精進ください。



以上、ご参考までに。


 
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