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彩遊紀コミュニケーション

“彩遊紀コミュニケーション”掲示板が新しくなりました。掲示板への投稿は、自由にしました。
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 [1062]   彩遊紀の紀   .. 2026/05/30(土) 12:35 
◆ 律ちゃんとの不思議な縁
[返信
律ちゃんは歌人である。世の中的にはあまり知られていませんが、NHK学園で講師をしたりしていて、その分野ではよく知られた人です。律ちゃんとは30年ほど前にたまたまベルギーへのツアー旅行で会い、同行のもう一人の人と一緒にお付きあいをするようになりました。
律ちゃんが歌人だとわかったのは律ちゃん家に遊びに行った時に、妻が歌集を見つけて、話を聞いたら「短歌をやっています」とのことでした。妻はその前、律ちゃんをまだ知らない時代にテレビの児玉清の本の紹介番組で歌集が「この方の短歌は独特の歌です」と取り上げられたのを見ていたのを思い出して「昔、テレビの番組で律ちゃんの歌集が取り上げられませんでしたか」と聞いたら「そうです」とのことでびっくり。縁とは不思議なものです。
律ちゃんはまだ小さい時、戦後に中国から苦労して引き上げてきて、その頃のことを短歌にしていました。数年前にご主人を亡くした時にも、その寂しさを短歌にして歌集を出版しました。その短歌は小池真理子のエッセイ「月夜の森の梟」にも似て、同じ肺癌でご主人を亡くした律ちゃんの寂しさを歌った短歌は律ちゃんの寂寥感が歌われたもので、エッセイと短歌の違いはあるもののその歌集を頂いて読んで涙が止まりませんでした。
“誰も居ぬ部屋きりきりと掃除してそれからそれから何をするべし”
その歌集の中で私が一番泣いた歌です。
今年も律ちゃんのキンポウゲは黄色い可憐な花を咲かせています。

 
 



 [1061]   彩遊紀の紀   .. 2026/05/23(土) 11:06 
◆ 空襲の苦しみを知らないアメリカ市民
[返信
妻がやっと見られるようになったテレビのニュース。そこにはイランのテヘランの破壊された惨状が映し出されていました。夜間に飛び交うミサイル、鳴り響く空襲警報。でも攻撃するアメリカはそんな空襲警報の経験がありません。アメリカは第二次世界大戦の後も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争と、沢山の戦争をしてきましたが、いずれも自分の国が戦場になることはなく、アメリカ市民は毎日空襲警報に怯え、爆弾やミサイルが落ちてきて街が破壊されるという経験をしていません。だから戦場となる国の市民の苦しさ、悲惨さを知らない、そういう国なので、他国に行って戦争を起こしているのではないでしょうか。
日本も昔、日清戦争、日露戦争、日中戦争などを行いましたが、この時日本の国土は戦場とはならず、南京陥落では日本国内で提灯行列が行われたり、日本国内は戦場にはなりませんでした。でもその後の太平洋戦争で日本は戦場になり街は焼け野原になり、初めて戦争の悲惨さを経験しました。私は昭和16年1月の生まれで、おぼろげながら太平洋戦争の時に毎日空襲警報が鳴ると庭の防空壕に逃げ込んだ経験があります。そういう経験をした戦後日本は戦争反対、平和国家になりました。
以前イラク戦争が終わった時、テレビでイラクの女性が「今夜から空襲がないのでゆっくり眠れる」と言っていました。アメリカの市民にはそういう経験がないので攻撃される側の市民の気持ちはわからないのでしょう。アメリカ市民もそういう経験をしていれば一部の人だけで行われている反戦運動ももっと広がるのではないでしょうか。
アメリカは2001年の9.11の事件でニューヨークのビルがテロにあう経験をしましたが、これは一時的な被害であって、毎日毎日空襲に怯える恐怖とは全く別のものだと思います。イランでの爆撃の後のニュースを見てそう思いました。

 
 



 [1060]   彩遊紀の紀   .. 2026/05/16(土) 14:48 
◆ 喪失感、寂寥感
[返信
「それにしても寂しい、ただただ寂しくて言葉が見つからない」小池さんの「月夜の森の梟」の巻頭の「夫、藤田宜永の死に寄せて」の最後の言葉に涙が出てしまいました。朝日新聞の連載の「連載を終えて」には「五十回にわたる連載を終えた今、書斎のデスクでは、読者から届けられたメッセージの数々が、紙の小山を作っている。・・・編集部に届けられる読者からのファックスやメール、手紙はそのまま、すべて担当編集者が私あてに転送してくれた。そのたびに、ひとつ残らず、繰り返し読んだ。そして泣いた。夫、妻、娘、息子、兄弟姉妹、両親、ペット・・・・亡くした相手は人それぞれだ。百人百様の死別のかたち。苦しみの形がある。・・・・それなのに心の空洞に吹き寄せてくる哀しみの風の音は例外なく似通っていた。」とある。毎日毎日ニュースでいろいろな事件が報道され、「火事で一人が死体で見つかりました」でニュースは終わってしまう。東日本大震災でも「死者1万5千人」で終わってしまう。「死者一人」でかたずけられるものではない。その死んだ一人ひとりには家族があり、皆一人ひとりの喪失感と寂寥感を持っている。
小池真理子さんの「月夜の森の梟」を読み返しながら、自分たち夫婦のどちらかがいつかは亡くなった時、残されたものはどうその喪失感、寂寥感を受け止めたらいいのかと思った。このエッセイの「それぞれの哀しみ」という表題の話の中に「喪失の形は百人百様である・・・・どれひとつとして同じものがない。」とあった。“死者一人”でかたずけられる問題ではないのである。

 
 



 [1059]   彩遊紀の紀   .. 2026/05/09(土) 12:42 
◆ 鯉のぼり、日の丸、送り火
[返信
マンションに住むようになりやらなくなった行事が三つあります。「鯉のぼり」と「日の丸」と「お盆の迎え火送り火」です。昔住んでいた埼玉県の実家では庭に鯉のぼりを泳がせ、お正月や祝日には玄関に日の丸を掲揚し、お盆には門口に亡くなった先祖のための迎え火と送り火のお線香を立てたものでした。でもマンション住まいになり、一時は日の丸を掲揚したこともありましたが、ご近所はどこもそんなことはやっていないので、いつの間にか止めてしまいました。ましてお盆の迎え火送り火はそんな場所もなく、わずかにベランダに小さな鯉のぼりを出したこともありましたが、子供が大きくなるにつれそんな行事もやめてしまいました。
いつまでも続けた行事としては秋にお月見団子を飾り、近所からススキを採ってきて生けることと、お風呂の五月の菖蒲湯と暮れのゆず湯でしたが、それもシャワー中心の生活になってやめてしまいました。五月になるとスーパーで菖蒲を売っているのを見つけ、「あっ、端午の節句なのだ」と思いましたが、買いませんでした。ただ妻がやっている玄関飾りの室礼(しつらえ)では、お正月飾りや二月の節分に妻が陶芸教室で作った鬼を飾ったり、3月には桃を活けて雛人形を飾り、5月にはこれも妻が陶芸教室で作った5月人形を飾り、9月にはうさぎのお月見と、毎月の行事を工夫して玄関に季節感をあしらえるとともに古き良き時代の行事を楽しんでいます。

 
 



 [1058]   彩遊紀の紀   .. 2026/05/02(土) 11:20 
◆ 緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェ・・・
[返信
皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
昔歌手の山口百恵さんが「緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェ・・・」と歌っていました。でもNHK年末の紅白歌合戦ではNHKが「NHKでは商品名を言ってはいけない」とクレームをつけ、ポルシェは駄目として「緑の中を走り抜けてく真っ赤な自動車・・・」と変更させました。阿木燿子さん作詞のこの歌は“真っ赤なポルシェ”だから意味があるのであって、単なる赤い自動車ではこの歌の本質がわからなくなってしまいます。山口百恵さんはこのNHKの提案を拒否して紅白欠場しても良かったのですが、結局は「真っ赤な自動車・・」と歌いました。NHKのこの頑なさには腹がたちます。
昔NHKのディレクターをしていた息子がドラマを作った時、子供達が公園の砂場で遊ぶシーンで、上司からダメ出しが出たということです。理由は公園の場面で遠くに小さくコカコーラの缶が写り込んでいるのでこの場面を撮り直せ、ということだったそうです。でも役者さんの都合もあり、結局その数秒の場面をカットせざるを得なくなり、ドラマの話がうまくつながらなくなったと聞きました。NHKとしては商品名を出すことを認めてしまうと、それを逆手にとって街の看板などをあえてドラマに入れるような人も出てくるので、「商品名あり」と言えないのでしょうが、どこまで許容するかについては議論のあることなのではないでしょうか。

 
 








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