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彩遊紀コミュニケーション

“彩遊紀コミュニケーション”掲示板が新しくなりました。掲示板への投稿は、自由にしました。
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 [1066]   彩遊紀の紀   .. 2026/06/27(土) 15:03 
◆ 教科書ではわからない本物
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スペインのバルセロナでガウディが作ったサグラダファミリアやカサミラハウスを見て、教科書や観光案内書とは違う印象に驚き、本物を見る事の大切さを感じましたが、同じような印象を海外旅行をしてみて感じたことが沢山あります。
エジプトに旅行した時、カイロに着いて観光バスで市内を走っていた時、突然目の前にピラミッドが現れて、「なぜこんなところにピラミッドがあるのだ」とびっくりしました。教科書に出ているピラミッドの写真はいつも砂漠の真ん中にあり、ピラミッドは砂漠の真ん中にあるのだと思っていたので、街中の道路から見えるところにあるピラミッドに驚きました。後でピラミッドの観光をして、ピラミッドは実はカイロの街が砂漠につながるすぐわきにあることがわかり、教科書に出ている写真は街側から砂漠に立つピラミッドを写していたので、ああいう写真になっていたのだということがわかりました。本当の現場を見る事で事実を知りました。
もう一つは、ペルーのマチュピチュです。マチュピチュは天空の都市として知られていますが、マチュピチュに立って、深い深い谷を見おろして、はるか下を走る電車を見た時、「そうかマチュピチュはこんな高い所にある街なのだ」と初めて本当に理解しました。
教科書に出ている絵画や文学の本物を見たり読んだりすることで、教科書に書かれていることが実は必ずしも真実でないことやその絵画や文学にはもっともっといろいろ事実があることを知りましたが、観光地や建物の本物を見て初めて、やはり「本当はこうだったのだ」と思うことも多かったです。

 
 



 [1065]   彩遊紀の紀   .. 2026/06/20(土) 10:28 
◆ 名画を見るだけでなく・・・・
[返信
今回のゴッホ展は目玉の「夜のカフェテラス」が注目されていますが、私としてはそれだけでなく、初期の黒チョークによる鉛筆画での静物や風景画が沢山あって楽しめました。私たちは教科書に出ているゴッホの「夜のカフェテラス」や「自画像」や「ひまわり」などの荒々しいタッチの絵がゴッホのイメージでしたが、ゴッホも初期はもっと違った、それこそ私が好きなデッサン的な、あるいは淡彩水彩画からスタートしているのだという、そういうものが見られたことはうれしいことです。
昔スペインの美術館でピカソの名画「ゲルニカ」を見た時、その美術館では「ゲルニカ」の周りに、「ゲルニカ」の部分部分を描いた沢山のスケッチ、馬の首や手のこぶしのデッサン画が展示されていました。それまでは教科書で、『ピカソはあの「ゲルニカ」の大作の絵を一日で描き上げた』と習っていて、すごいなと思っていましたが、でもその部分部分の沢山のデッサンを見て、『あっそうか、ピカソはあの大作を描くために、これだけの事前の努力をしていたんじゃないか』と感激するとともに、教科書を書いた人はこのピカソの努力を知らずに勝手に書いていたんだと思いました。
また昨年見た広重の「富岳三十六景」の展示会でも、私たちは教科書で「浪裏富士」しか知りませんでしたが、広重は江戸や近郊から見える沢山の富士を描いており、『そうか上野から見た富士はこんな風に構図をとれるんだ』と言うように感激しました。教科書だけでは知らなかった世界を知りました。
私たちは教科書で習ったことが真実だと思ってきましたが、このピカソの絵にしろ、今回のゴッホの展示会で見た「夜のカフェテラス」ではない沢山のゴッホの他の作品を見、そして広重の絵を見て、本物を見るとともに、その周辺の作品を見ることで“教科書を見直す”ことの大切さを思いました。

 
 



 [1064]   彩遊紀の紀   .. 2026/06/13(土) 13:59 
◆ 偶然が私の人生の後半生を豊かなものにしてくれました
[返信
全く知らない画家さんの絵に魅了されて入った銀座の画廊での出会いから一週間後に、ベルギーへの海外ツアーで、その画家さんと一緒になるという偶然が、私の人生の後半生を豊かなものにしてくれました。銀座を散歩していて目に付いた絵に魅せられて画廊にふらりと入ったのも偶然、そして全く関係のない人が参加する海外ツアーで、一週間前に知り合った画家さんに会うというそれこそありえない偶然。そういう偶然が人の人生を変えるものですね。個展をやったことで、お友達の輪も広がり、私も絵をライフワークとするようになり、私の人生の後半生が豊かになりました。
そして5回個展をやった竹川画廊が突然の閉館になった時、もう一つの偶然が置きました。竹川画廊が閉館して困っていた時に手を差し伸べてくれたのがオー子さんです。
竹川画廊のスタッフだったオー子さんは、初めての竹川画廊での個展の時に、画廊での個展が初めてで戸惑っている私に、「お友達は見に来てくれるのがわかっている人だけど、もっと大切なのは通りがかりの人が入ってみたくなることで、そのためには魅力的な絵を目立つところに配置するのよ」等、絵の配置やお客様の導線を考えて丁寧にアドバイスしてくれました。そのオー子さんが、竹川画廊が閉館になった時に、「私がスタッフをしているもう一つの画廊が表参道にあるんだけれど、その画廊もとてもいい画廊よ、うちでやってみない」と声をかけてくれました。オー子さんは表参道という銀座とはまた違った土地柄の街での展示についていろいろアドバイスをしてくれました。表参道の個展ではオー子さんの最初のアドバイスが生きて、「私は近くに住んでいて、ここに画廊があることを知ってはいましたが、今日初めて絵を見てみたくて入りました」と言って若い女性が入ってきてくれ、午後にはご両親もつれて再び、来てくれました。とても嬉しかったです。
そんな表参道での3回の個展の後、80歳を過ぎて、もう体力、気力が衰え個展を止めましたが、その後も表参道の画廊には時々顔を出し、オー子さんとはずっとお付き合いがあります。
エミちゃんと、オー子さんという二人の偶然の出会いが絵を通じて私の後半生を豊かなものにしてくれました。

 
 



 [1063]   彩遊紀の紀   .. 2026/06/06(土) 13:41 
◆ 多様なアジサイ
[返信
庭の中央の半分死んだアジサイは結局まだ咲いていません。でも気が付いてみたら庭のあちこちに紫陽花の花が咲いていました。冬の少雨にもかかわらず皆生き残っていました。可憐な青紫のアジサイ、白いアジサイ、空色のアジサイ、ピンクのアジサイ、大きな八つ手の陰に隠れて咲いている小さなアジサイ、そして大きなカシワバアジサイ。しかもそれぞれみんな形が違う。でもいつも庭の中央で大きな青い花をいっぱい咲かせていたアジサイはまだ花を咲かせていません。台風の雨を見ながら、どれも可愛く咲いているいろいろなアジサイに、最近よく言う「多様性」を思いました。アジサイ一つを見てもこんなにいろいろあるのだなと。
 
 



 [1062]   彩遊紀の紀   .. 2026/05/30(土) 12:35 
◆ 律ちゃんとの不思議な縁
[返信
律ちゃんは歌人である。世の中的にはあまり知られていませんが、NHK学園で講師をしたりしていて、その分野ではよく知られた人です。律ちゃんとは30年ほど前にたまたまベルギーへのツアー旅行で会い、同行のもう一人の人と一緒にお付きあいをするようになりました。
律ちゃんが歌人だとわかったのは律ちゃん家に遊びに行った時に、妻が歌集を見つけて、話を聞いたら「短歌をやっています」とのことでした。妻はその前、律ちゃんをまだ知らない時代にテレビの児玉清の本の紹介番組で歌集が「この方の短歌は独特の歌です」と取り上げられたのを見ていたのを思い出して「昔、テレビの番組で律ちゃんの歌集が取り上げられませんでしたか」と聞いたら「そうです」とのことでびっくり。縁とは不思議なものです。
律ちゃんはまだ小さい時、戦後に中国から苦労して引き上げてきて、その頃のことを短歌にしていました。数年前にご主人を亡くした時にも、その寂しさを短歌にして歌集を出版しました。その短歌は小池真理子のエッセイ「月夜の森の梟」にも似て、同じ肺癌でご主人を亡くした律ちゃんの寂しさを歌った短歌は律ちゃんの寂寥感が歌われたもので、エッセイと短歌の違いはあるもののその歌集を頂いて読んで涙が止まりませんでした。
“誰も居ぬ部屋きりきりと掃除してそれからそれから何をするべし”
その歌集の中で私が一番泣いた歌です。
今年も律ちゃんのキンポウゲは黄色い可憐な花を咲かせています。

 
 








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