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彩遊紀コミュニケーション

“彩遊紀コミュニケーション”掲示板が新しくなりました。掲示板への投稿は、自由にしました。
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 [1007]   彩遊紀の紀   .. 2025/05/24(土) 13:26 
◆ 写楽
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皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
蔦重展を見てきました。テレビで見た蔦重の最初の出版物である「吉原細見」の本物を見られたのはうれしかったです。本物の大きさの、現代で言えば手帳の大きさで、これなら吉原を持ち歩いていけるなと実感しました。しかもその細かさ。こんなに細かく木版を彫ることがいかに難しかったか、それを何ページもある印刷物として沢山刷ることがいかに大変だったのではないかを実感しました。もう一つ感激したのは写楽の役者絵です。歌麿や鳥居清長など多くの作家の女性の絵がありますが、みんなうりざね顔で目は細く、口はおちょぼ口で、誰の作なのかちょっと見には判別がつきにくい所がありますが、写楽の役者絵は一目瞭然、ある役者は目が吊り上がり、口はへの時で、そしてまた別の役者はぼーっとした顔立ちの優しそうな目と、それぞれの役者の特徴をとらえた、ある意味、似顔絵ですが、絵の作品としては魅力のある素晴らしい絵です。私もよく歌舞伎の絵を描きますが、そういう意味では役者の特徴をとらえた魅力のある絵になっていないなと反省でした。写楽の本物を見られたから感じたことなのかもしれません。写楽の本物、吉原細見の本物を見られたのはうれしかったです。今私は時間的余裕ができて「本物を見たい」「本物を読みたい」「本当の現場に立ちたい」と言う気持ちでいます。いままで学校で、教科書でならったが、その本物に触れたり、読んだりしたことは少ないです。「祇園精舎の鐘の声・・」も最初だけ、「春は曙・・・」も最初だけ、でも以前芭蕉の「奥の細道」を全文読んで、「あゝ、こういう場で詠んだ俳句だったのか」と知りました。絵でも海外旅行をしてピカソの「ゲルニカ」を見て、そこに展示されていた作品だけでなく、馬の顔やこぶしなどを何回も沢山描いた下絵を見て、学校で「ピカソはゲルニカを一日で描き上げました」と教わっていたのが嘘だったのだと、認識を新たにしたり、海外旅行でエジプトのピラミッドをの人の身長よりも大きい岩石を実際に見て、いかにそれを作るのが大変だっただろうかと実感したり、トルコ旅行で「ここがボスフォラス海峡です」と添乗員に言われて「あゝここまで来たのだ」とも感激しました。これからそういう生活をしたいなと思います。

 
 



 [1006]   彩遊紀の紀   .. 2025/05/17(土) 14:14 
◆ 異時空間
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皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
私の第二の定年のご苦労さん会を開いてくれた赤坂プリンスクラシックハウス。混雑する地下鉄の地下通路から上がったそこには大正ロマンを思わせる異時空間がありました。「定年後、ゆったり過ごしたら」と言っているような空間でした。そんな異時空間には海外旅行に行った時にも行きました。モロッコのマラケシュには観光案内で「迷宮都市」と書かれたメディナという街があり、そこはまさに異時空間でした。大きな荷物を背負ったロバが歩き、でもその脇をあのボンネットの三つ股エンブレムがひしゃげて横を向いてしまったままのぼろぼろのベンツがのろのろと行き交う、そんな街はまさに異時空間でした。そのほかにも、馬車が行き交う町を歩いていたら後ろに突然ピラミッドが見えたエジプトのカイロ、赤や緑の民族衣装を着た現地の女性が籠に入れた鶏を売っているマヤのチチカステナンゴの街、プラットホームもない駅の線路に沢山の物売りの人が現れ、電車の窓越しに商売するペルーのオリヤイタイタンポ駅、皆な異時空間でした。パリのシャンゼリゼを歩くより、私はそういう異時空間が好きでした。

 
 



 [1005]   彩遊紀の紀   .. 2025/05/10(土) 16:29 
◆ 襲名
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皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
歌舞伎座で八代目尾上菊之助の襲名公演を見てきました。父の七代目菊五郎は梅幸にならず、そのまま七代目尾上菊五郎とのことで、同じ名前の役者が二人並び立つというのはめずらしいことのようです。七代目は前の梅幸さんの息子なのになぜ「梅幸」を継がないのか、ネットで調べてみましたが、前の梅幸が養子で本家筋でないからとか、はては七代目が梅幸の名跡は娘の寺島しのぶの子供の真秀君に継がせたいと言ったとか、色々な話があって、よくわかりません。確かにいままでの歌舞伎界では、いつどのように襲名をするのか、襲名の口上ではいつも「松竹さんのご了解を得て・・」と言う言い方がされます。襲名の権限を松竹が持っているように聞こえますが、そうともおもえません。よくわかりません。歌舞伎の大ファンにとっては重要なことかもしれませんが、私にとってはそれよりも歌舞伎そのものを楽しみたいと思います。

 
 



 [1004]   彩遊紀の紀   .. 2025/05/04(日) 01:13 
◆ 竹林の整備
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皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
4月末で第二の会社を退職しました、毎日が日曜日になりました。大学の友達が言っていました。年をとったら「教育と教養」だと。すなわち「今日行く所がある」と「今日ようがある」ということです。何もすることがなく、行くところもなく一日家にこもっていたら、鬱になるよ、ということです。そうならないように注意したいと思います。毎日散歩をすることで、単に散歩するのではなく、散歩の途中に何かを発見することが必要なのかと。最近散歩の途中で、竹林の道を発見しました。こういうセンスが必要なのかもしれません。その竹林は何も整備がしてなく、荒れ放題です。先日テレビでタケノコ農業のニュースをやっていました。毎日下草を取り、下まで陽が当たるようにし筍を商品とするように努力していました。我が家の近所の竹林は荒れ果て、とても整備しているとは思われません。竹林だけだけでなく、日本の林業は「毎日整備する」と言うことを怠っているように思えます。もちろん若い人が林業のような、きつい、収入も少ない仕事を敬遠するのはわかりますが、少なくともそういう仕事に就くことによって十分な収入が得られるようにすることが必要なのかと思いますが。

 
 



 [1003]   彩遊紀の紀   .. 2025/04/26(土) 22:41 
◆ 御徒町界隈
[返信
皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
四月末で今勤務している会社を退社することにしましたが、そうすると「彩遊紀」のHPでやっていた「御徒町界隈」の街スケッチが描けなくなりそうです。いま会社は御徒町駅で降りて、湯島に通っています。今の会社が湯島に引っ越す前は御徒町駅の近くにあり、「御徒町界隈」の街スケッチは、もう20年近く、昼休みに散歩して描いてきました。上野の西郷さん不忍池から、御徒町のアメ横、湯島の天神さんから御茶ノ水の神田明神、根津神社のつつじ、春日局の墓所そして秋葉原の電気街やAKB48会館など、会社から歩いて10分から20分ほどで行け、この近辺には描きたいところが沢山ありました。でもそれが描きにくくなるとも思うのですが、逆にこれからは会社の昼休みで行ける範囲に限定されることなく、いつでも昼間に時間をかけて好きなところに生けるかなと思います。台東区にはいわゆる文学者ゆかりの場所がありますので、森鴎外、樋口一葉、正岡子規、夏目漱石らの文学館や実家などを訪ねてみたいと思っていますし、上野の東京都美術館、西洋美術館、国立博物館平成館や上野近辺に限らない美術館にも行けるのは楽しみです。そして上野御徒町界隈や美術館に限定されず、東京のあちこち、神奈川、千葉の行ってみたかった所にも行け、スケッチを楽しめるかもしれません。楽しみです。

 
 








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