TUBUYAKI

 

 2020年1月17日(Fri)
 クジラ

手術が済むと色んな管や機械に繋がれる。 
点滴、心電図、ドレーン、導尿カテーテル、酸素マスク、パルスオキシメーター、他にも術後血栓予防のフットポンプも足につけられる。 
 
パルスオキシメーターというのは、皮膚を通して動脈血酸素飽和度を測定するための装置で指にはさむことで測定する。 
要するに血液中にどの程度の酸素が含まれているかを調べるもの。 
正常値は96 %~100%で、95 %未満は呼吸不全の疑いがある。 
私の場合、これがしょっちゅうアラームを鳴らしていた。95%未満になってしまうのだ。 
麻酔が残る眠りの中でも何度か看護師さんに「天野さん!大きく息を吸ってください!」と言われ続けていた。 
一般病棟に移っても酸素マスクを外してもらえなかったのもこのせいだ。 
 
「うーん・・・普段から呼吸が浅いのかもしれませんね」 
とうとう医師にこう言われた。 
 
リハビリが始まり、ウロウロ歩けるようになりベッドで横になることが少なくなると、血中酸素も100%になった。 
ようやくパルスオキシメーターと酸素マスクを外してもらえた。 
 
普段から座ったままの仕事の上、細かい作業の時(特に絵付け時)は度々呼吸を止める。 
呼吸が浅いことが日常化していたのだろう。 
水中で泳いでいる時のように、時々大きく「ぷはーっ!」と呼吸する時がある事に気が付いた。 
それは退院した今でもだ。酸素を求めて体が反応しているのだろうか? 
 
私はクジラか? 
 
これもひとつの「職業病」なのだろうか? 
気が付いた時に深呼吸をしよう。 
そして1時間に一度は立って動くことも。
 

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 2019年11月9日(Sat)
 倒れる

熊本出張から帰宅した翌日、持ち帰った荷物の片付けをした後に少し横になった。 
なんとなく疲れた気がしていたので。 
するとピンポーンと玄関チャイムの鳴る音がした。 
宅急便が荷物を届けに来たので起き上がり慌てて一階に駆け下りた。 
「着払いです」と言われ、お金を取りに再び二階に駆け上った。 
そこで心臓がバクバクして目眩がして動けなくなり、夫に支払いを頼んだ。 
夫が支払いを済ませて二階に戻ってみると、二階の廊下で私が倒れていた。 
「失禁してんがな!」という夫の声で気が付いた。 
気を失って失禁して2〜3分程度経っていたようだ。 
 
夕方、時間外で一応市民病院に行き、血圧や心電図など調べてもらったが異常は無かった。 
「疲労と年齢的なものですね」と診断された。 
 
横になって寝ていたのに、急激に動くことによって一時的に血圧が下がってしまい失神したのだそうだ。 
私のお年頃の女性にはよくあることで、倒れる時には頭など打たないように気をつけてくださいねと言われた。 
気をつけろと言われても・・・。 
 
その翌日、主治医のところにも行って、事の顛末を伝えたら同じように「疲労です」と言われた。 
 
そういえば夏からずっと休みなしに制作し、出張も多かった。 
毎月どこかに泊まりで出かけていた。 
いつものことだと思っていた。 
 
若い頃には制作することも遠征することも楽しみでしかなかった。 
疲れもいつのまにか吸収消化していた。 
 
そんな時代は過ぎたのだ。 
「もう若く無い」何度も言われ自覚していたのだけれど、歳をとると疲れていることにも気がつかなくなっていた。 
使った後は時間をかけてきちんとメンテナンスをしなければならないのだ。 
 
失った体力と筋力を戻すために、来週あたりから徒歩2分の場所にある『シニアのための週末フィットネス』に通う予定だ。 
もうひとつの大問題『太り過ぎ』を解消するためにも。 
 
元気に長く制作を続けて行きたいものね。 
 
↓きちんと休んでいるか見張られている 
 
 

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 2019年10月21日(Mon)
 立て看板

毎年この季節になると、友が自宅で出来た柿をみかん箱いっぱい持って来てくれる。 
その柿が今年は全く無いと言う。 
柿の花が咲く時期に毛虫が大量発生したせいで実が減った上に、収穫時期を見計らったように、それらもひとつ残らず無くなったそうだ。 
おそらくハイカーがもぎ取って行ったのだろうと言う。 
 
来年からはきちんと柿の木が所有物であること、勝手に採るのは窃盗であることを記した立て看板を立てるように言った。 
 
友が言う。 
「取ったのがアライグマや猿なら文字読まれへんからなぁ」 
 
そうだった、友は以前に畑のサツマイモを根こそぎ盗まれて立て看板を立てたことがあるのだ。 
しかし翌年も全部取られた。翌々年も。 
おかしいと思って近所に人に聞いたら、それはイノシシの仕業だと言う。 
「3年イノシシに看板立ててた。あいつら文字読まれへんわなぁ」 
 
それから畑に電気柵を取り付け、それからは被害が無くなったそうだ。 
 
イノシシは木には登らない。今年の柿が無くなったのは別の動物の可能性もあるけど、彼らは跡形もなく採っては行かない。齧った食べカスが落ちているのだそうだ。 
綺麗さっぱり無くなっているということは、人の可能性が高いようだ。 
 
誰もいない荒地に生えた柿の木にも持ち主があるのだ。 
山を歩く人も、その山が誰かの所有物であることを自覚してほしい。 
 
私の秋の楽しみがなくなるじゃないか! 
 

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 2019年5月16日(Thu)
 時空を超える道

昨日市役所の道路水路管理課の方がやって来た。 
庭の白樫が道側に生い茂っているので剪定して欲しいとのこと。 
トラックなどの大きな車が通る時に邪魔になるからと市役所に苦情が入っているそうだ。 
滅多にトラックなど通らない道なのだけどね・・・ 
でも迷惑に感じている人がいるのなら、きちんと対処しなければならない。 
近々枝の剪定をする予定だが、お役所の担当者が「これからあちこち回らなくちゃいけない」と言うので、手に持ったリストを覗いてみると、たくさんのお宅がリストに書かれていた。 
随分マメに町内を回って植栽のチェックをしているお方がいらっしゃるようだ。 
仕事が減った植木職人の陰謀かと変な勘ぐりをしてしまう。 
 
話ついでに我が家の一本南側の道路を私物化して洗濯物を干したり、駐車したりしてるのはOKなのか聞いてみた。 
すると、その道は「内務省」の管轄になっていると言う。 
 
内務省ですとーーーっ!Σ('◉⌓◉’) 
 
いつの時代の話っすか! 
 
内務省はすでに1947年(昭和22年)12月31日に廃止されている。 
官庁の中の官庁「官僚勢力の総本山」だった内務省が、昭和、平成、令和の時をまたぎ、今も我が町内で生き続けているのか! 
 
いやもうびっくり! 
一本南の道がまだ戦前のお役所の管轄だったことの方が、西側に茂る我が家の一本の庭木よりよっぽど問題なんじゃないの? 
ねえ、風太さん。 
 
 
 

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 2019年5月4日(Sat)
 GARDEN WARS

義母が生前に庭の小さな花壇に観音竹を植えていた。義母が元気なうちは可愛がってもらっていたせいか青々と慎ましく暮らしていた。 
緑の指(植物を育てる)を持つ義母が亡くなって、茶色い指(植物を枯らす)を持つ私が庭の管理者となって、一旦観音竹は枯れかけた。 
枯れた部分を刈り取ってやると、なんとか持ちなおしたのだが・・・・ 
 
Planet wars(惑星戦争)ならぬPlant wars(植物戦争)が私の小さな庭で始まった。 
 
危機感を持った観音竹惑星は根を伸ばし生き残るために勢力拡大を始めた。 
隣にあった白い曼珠沙華惑星の球根を侵略し滅ぼし、私が育てていた山椒の木惑星までを侵略して滅ぼした。 
そしてガザニア惑星に至ってははとうとう花壇銀河から逃げ出した! 
 
少し離れたところには絶大な勢力を誇るチェリーセージ惑星と木香薔薇惑星が協定を 結んで花壇銀河の半分を勢力に治めている。 
 
果たして観音竹の侵略を防ぐことができるのか! 
GARDEN WARSは今も進行中。 
 
・・・って、観音竹を退治せねば!茶色い指を持つ神の手で( ̄ー ̄;) 
 
 
 

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 2019年2月2日(Sat)
 2リットルの憂鬱

尾籠な話になるが・・・・ 
大腸ファイバー検査をしたことがある方はご存知だろう。 
検査の前に2時間かけてニフレックという下剤を2リットル飲まなければならないことを。 
 
ほのかなレモングラスっぽい匂いが付いているとはいえ、ペットボトルの大1本分を喉も渇いていないのに飲み切らなくてはならないので、これがけっこうきつい。 
 
便が出切って透明な液体になれば腸の中はキレイになって、これでようやくファイバー検査が出来るというわけだ。 
私は普段から便通が良いので、1リットル飲んだあたりですでにほぼ透明になり、2リットル飲み切ったら完全なる無色透明になった。 
 
病院で「透明にならなかったらもう1リットル飲んでいただかなければならないのよ」と言われた。 
もう1リットルって!!! 
3リットルの液体を一度に飲むはめになる可哀想な人もいるのかと驚いていたら、昨日義兄に会ったら「オレは透明にならなくてさらに水を1リットル飲まされて結局3リットル飲んだ」というではないか。 
やはり普段から少し便秘体質らしい。 
 
若い頃ならビールの3リットルくらいは楽々飲めただろうが、この歳で変な匂いのする水を一度に3リットル飲ませられるなんてもう拷問に近いかもしれない。 
 
普段から便秘の解消はしておいたほうがいいとつくづく思った。 
 
ちなみに若い頃に胃痛が続くので胃のバリウム検査を受けた際、1杯のバリウムでは足りず「バリウムおかわり」をされて、結局2杯半のバリウムを涙を流しながら飲まされたことがある。 
診察した医師に「男性並みの胃袋」と笑われた。 
胃袋が大きいためお腹いっぱいに食べると胃下垂になって、そのため胃痛がおきると無情な診断をされた。 
それ以来食べる量を一般の女性並みに抑え、今では胃袋だけは一般のオバさんより小さくなってると思う。 
「摂取カロリー>消費カロリー」の割合は全く変わっていないけど。 
 

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 2019年1月16日(Wed)
 「黒い」不安

昨年末に真っ黒い便が出た。 
母の大腸癌が見つかった時に「どうしてわかったの?」と聞いたら 
「真っ黒い便が出たから」と答えたのを思い出した。 
すぐに近くの胃腸科に行き検便をし、その結果を聞くとやはり血液反応が出ているとの事。 
それが25日のクリスマスの日。なんと厄介なクリスマスプレゼント・・・(T-T) 
次の朝、書いてもらった紹介状を持って市民病院に行った。 
大腸ファイバーと胃カメラの検査をすることになり、たまたま年内予約がまだ取れるとの事で、心の準備もできないまま、すぐ翌日に大腸ファイバー、そしてまたその翌日に胃カメラ検査を受けることになった。黒い便が出てからここまでたったの2週間の出来事だった。 
 
大腸ファイバーは思ったほど辛くなく、医師とずっと会話し続けるほど楽に終わったが、胃カメラはかなり辛かった。(生検のための細胞をとったりで時間がかかったせい) 
 
結果は十二指腸に腫瘍があるとの事。幸いなことに悪性ではなく良性のもので脂肪のかたまりだそうだ(身体中に有り余るほどの脂肪のみならず、胃にまで脂肪のかたまりとは) 
やはり肥満にも要因があるそうだ。 
脂肪腫はあまりに大きくなる場合は手術を進めるそうで、一年に一度の胃カメラによる経過観察を言い渡された。 
 
胃や食道はそれはもう綺麗で、見惚れるほどのピンク色。それがちょっと意外だった。 
(腹は黒くなかったわけやね) 
結局今回の黒い便はその脂肪腫からの出血で、ストレスや高血圧の影響もあったのかもと。 
 
思えば昨年、多忙な9月を過ごした後にいよいよ弱って歩けなくなった貫太を介護し、10月に18歳と5ヶ月の命を看取った。覚悟をしていたとはいえ、やはりかなり心と身体にこたえていたようだ。 
何度も何度も自分の意思に反して溢れ出てくる悲しみはどうしようもなかった。 
悲しみで身体が不調になるのも初めてで、それだけ歳をとったということなのだろう。 
 
来年は胃カメラの経過観察検査と、腸に見つかった8ミリほどのポリープを取ることになった。 
大腸癌は遺伝性があるとも聞く。「車検」と一緒で、人間も60の山を越えたら、年に一回の検査を受けなはれということですな。
 

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