Toru's Diary
日記も含め、個人的に思った事など
メモ書き風になんとなく書いていきます。

あくまでもプライベートな日記なので、
お気楽そうなネタばかりに見受けられそうですが、
仕事は懇切丁寧をモットーに
真面目に行っていますので、
誤解のないようにお願いします。

印章は「渡辺大雅堂」まで。
よろしくお願いします。

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11/30(Wed) 来年はもうすぐ…
11/29(Tue) プレ忘年会
11/28(Mon) パリところどころ(フランス/65年)
11/27(Sun) HERO
11/26(Sat) STANLEY ROAD
11/25(Fri) AS IS NOW
11/24(Thu) I ♥ U

 

2005/11/12(Sat)
      石山寺のキーホルダー
 
 
 
 
 
 
石山寺のキーホルダーは4種類。 
重要文化財(1899年4月指定)、国宝(1951年6月指定)に指定された二重の塔の中では日本最古であり、源頼朝の寄進で建久5年(1194年)に建立された多宝塔(画像:右)ともに紫式部が描かれている。 
紫式部が石山寺にて「源氏物語」書いたと伝えられていて… 
「平安時代寛弘元年(1004)紫式部は新しい物語を作るために石山寺に七日間の参籠をしていた。村上天皇皇女選子内親王がまだ読んだことがない珍しい物語を一条院の后上東門院に所望したが、手許に持合わせのなかった上東門院が女房の紫式部に命じて新作の物語を書かせようとしたので式部は祈念のため籠ったのである。折しも八月十五夜の月が琵琶湖に映えて、それを眺めていた式部の脳裏にひとつの物語の構想が浮び、とりあえず手近にあった大般若経の料紙に『今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊恋ひしく…』と、ある流謫の貴人が都のことを想う場面を書き続けていった。源氏物語はこのように書き始められ、その部分は光源氏が須磨に流され十五夜の月の都での管絃の遊びを回想する場面として須磨巻に生かされることになった。」
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