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Name: 名無し
Date: 2016/12/19(月) 07:37   No:5452
  返信  引用  編集 
Title: 打開策    
聖天信者です。
しかしあまり真面目な信者ではなく、正直ご利益目当てで入信いたしました。力があるというお寺様に祈祷をお願いし、やはりだめかと落胆しては、また評判のお寺に祈祷をお願いするということを繰り返してまいりました。願意はひとつも叶っておりません。
それが最近鬱が増悪し、休日などベッドの上で身動きがとれなくなります。このままいくとどうなるのか不安で仕方がありません。
聖天様に試練を与えられたのかと・・・
今の状況をどう切り抜けたらいいのかお教えください。



Name: 在家
Date: 2016/12/19(月) 10:26   No:5453
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
うつの最大の原因が依存性です。
聖天様に依存しても願いがかなわないだけでなく、カルトに引き込まれますよ。
神仏は頼るものではなくて使うものです。
神仏を使うだけの主体性がなければ、振り回されるだけになります。

とりあえず聖天様に近づくのはやめて、まずは仏教などで精神性を高めて、依存性を乗り越えたほうがよいと思います。
何であれ利己的な願いはかないませんので、もしかなったとすれば必ずその反動があります。
願いは全体を利するものでなければなりません。


Name: 天台沙門
Date: 2016/12/20(火) 12:12   No:5454
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

問題があるとすれば、祈祷先の寺院を転々となされているところかと感じます。願意が叶わないから祈祷先を変えるのではなく、願意が叶うまで同じ祈祷先に通うべきです。

別項[5451]でも述べていますが、聖天さんは畏怖すべき天格であり、生半可な気分で願掛けをすることは好ましくないとされています。もちろん、願掛けをしてはならないという意味ではなく、する以上は人もそれなりの覚悟が必要ということです。

覚悟といっても、聖天をはじめとする神仏への敬意を忘れずに、身を慎み日々を真面目にくらすというほどのことがなにより大切です。いわば、あたりまえのくらしをあたりまえにしましょう、ということです。「願掛け」というと、お百度とか断ち物がつきものですが、早起きをして掃除をするということでもかまわないと考えます。

ところで「願掛け」の本質は「戒を守ること」です。願いがかなうまでは何かをしない、ということですが、自分自身にとって断ち難いものを断つほど功徳が高く利益も多いとおもわれています。「何かをしない」のではなく「何かをし続ける」のでも善いでしょう。というわけで、同じ祈祷先に通うべきです、と申し上げたわけです。まずは月縁日の参拝をなさってはいかがでしょうか。

ちなみに「ご利益目当てで」とのことですが、神仏に利益を求めないのは自行を旨とする僧侶だけで十分かと思われますので、それは自然なことです。気に病まれるほどのことではありません。

以上、ご参考までに。


Name: 名無し
Date: 2016/12/22(木) 05:09   No:5455
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
ありがとうございます。
祈祷先のお寺様をひとつに絞るにはどのようにしたらよろしいのでしょうか?


Name: 天台沙門
Date: 2016/12/22(木) 15:08   No:5456
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

私個人は「実際に行ってみて雰囲気を気に入るかどうか」ということを重視していますので、郵送等による祈願はお勧めしておりません。ですから、日参にせよ月参にせよ通い続けやすい、ご自宅に近いところをお勧めします。
距離と雰囲気を天秤にかけざるをえなければ、通い続けることを重視して距離優先です。

著名なところでは、待乳山・生駒というところになりますが、調べてみると日本各地にありますし、「○○聖天」と呼ばれていなくとも境内に聖天(歓喜天)をお祀りする寺院もあります。
すでに何ヶ所かをご存知のようですから、最初に祈願をなさった聖天さんにご縁があったと考えてもよいでしょう。

以上、ご参考までに。


Name: 名無し
Date: 2016/12/22(木) 21:00   No:5457
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
ありがとうございます。
最初にご縁をいただきましたお寺様を大切にしてまいります。
これから足繫く通い続けることにいたします。


Name: 天台沙門
Date: 2016/12/24(土) 01:36   No:5458
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

お励みください。
聖天さんのご加護がありますように。

 合掌


Name: 在家
Date: 2016/12/24(土) 08:07   No:5459
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
ご利益信仰の営業妨害になりそうですが、願いがかなわぬ焦りや葛藤が苦しみになるので、うつ病が悪化してから気づいても遅くはありません。
おいしい話はほとんどが食わせ物です。


Name: 名無し
Date: 2016/12/24(土) 18:08   No:5460
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
1月2日あるお寺様に新春の御祈祷をお願いしております。評判では即時的確に願意を叶えていただけるとのことです。今は心静かにその結果を待ち、続けるか続けないかはそのときあらためて熟慮したいと考えます。

Name: 在家
Date: 2016/12/25(日) 09:51   No:5462
  引用  編集 
Title: Re:打開策    
「引き寄せ」で検索してください。
祈祷以前に心掛けるべき大切なことがわかって、うつ病が治る手掛かりにもなります。
https://www.amazon.co.jp/dp/4797341904/




Name: 相模野
Date: 2016/12/07(水) 11:25   No:5447
  返信  引用  編集 
Title: 験    
実は、ある出来事が起きて、それはどういう意味だろう?とあちこちの掲示板に問い合わせたのですが、まともな回答をいただけなくて、こちらにまいりました。
先日、大きな駅のホームで突然コンタクトレンズがはずれてしまいました。再購入するとなると大きな出費となるので、本当に焦ってホームの上にへばりつくようにして探しました。すると周りにいた人も心配してくださって、一心に探してくださいました。そのうち駅員さも加わって、あちこち探したのですが、出てきません。電車が発車するので、列をつくって並んでいた人達が一斉に電車に乗ってできた空間から、それは出てきました。あんなに大勢の人がホームの上にいたのに、無傷のまま・・・ 「あ、あった!」と駅員さんが摘み上げてくださったのですが、駅員さんも驚いていらっしゃいました。私はもう感謝、感謝の気持ち、一緒に探してくださった女性2人と駅員さんにただただ御礼を申し上げて・・・
さらに近くの売店にいらした売り子さんが、「汚れたから私の洗浄液使いなさいよ」と言ってくださって・・・
そして、帰宅すると、生駒聖天様の7日間の浴油祈祷の領収書が届いていました。これはどういう意味があるのでしょうか?
勝手に自己流の解釈をするとまずいと思って、お尋ねします。
また、場所は某京王線の橋本方面の急行が停まる新宿駅のホームです。駅員さん、本当にありがとうございました。



Name: 天台沙門
Date: 2016/12/08(木) 16:51   No:5448
  引用  編集 
Title: Re:験    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

たまたまの幸運と人々のが親切があったということで、それ以上でも以下でもないと考えたほうがよいでしょう。今回の幸運と親切に感謝し、では自分も誰かに親切にしようとおもっていただくことがよろしいかと。

まずは聖天さんへの願意は何であったのか、ということを振り返ってみましょう。
失礼な表現ながら、貴方がコンタクトレンズの回収が聖天さんの功徳であったと考えてしまうと、本来の願意は果たされないような気がします。なぜなら「功徳」が今回のことで「使われてしまう」からです。

私が好きな言葉に「信仰の結果として奇跡が起こるのではなく、奇跡の結果として信仰が深まる」というものがあります。いうまでもなく、奇跡などなくとも信仰は深められます。むやみに神仏の領域にある奇跡を信じるよりも自分を含めた人の営みを大切にして、どうしても努力と人知の及ばないところだけを神仏に祈るほうが誠実なありかたと考えます。

以上、ご参考までに。


Name: 在家
Date: 2016/12/10(土) 02:29   No:5449
  引用  編集 
Title: Re:験    
望みが実現するのは、神仏(聖天)以前に人間に潜在する力によるものです。
人間には微力ながら願望を実現する如意(神)の力が備わっています。
しかも大勢の思いが重なるとその力はとても大きくなります。
今回はその条件が整っていましたね。

神仏の働き方は人の思いが重なるように、人間の力を増幅(底上げ)するだけで、神仏が人間に代わって奇跡を起こすわけではありません。
日ごろから神仏に親しんでいると、強い思いを持った時、神仏がその人の力を増幅するので、自ずと望みが実現するようになります。

今回がそうであったかどうかは神仏しか知りませんが、そうであることを確信して神仏に喜びを伝えることが、次の機会に神仏の力を引き出すプラス効果になります。


Name: 相模野
Date: 2016/12/12(月) 16:06   No:5450
  引用  編集 
Title: Re:験    
ありがとうございます。

何かにひかれるように先日の休みに宝山寺にお参りしてまいりました。何か語り掛けていただけるだろうかと心ひそかに期待しておりましたが、神様からのお言葉はありませんでした。
ただただその清明な佇まいに圧倒されておりました。
心のうちにいつも神仏を感じて日々を過ごしたいと強く思いました。


Name: 天台沙門
Date: 2016/12/16(金) 11:20   No:5451
  引用  編集 
Title: Re:験    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

ご参拝お疲れさまでした。今後も聖天さんとのご縁を結ばれますようお祈りいたします。



以下は長い余談です。

僧侶の世界では「聖天さんは怖い」ということになっております。この場合の「コワイ」とは「恐い=恐ろしい」ではなくて「強い」・「畏怖すべし」ということです。験があることは確かので「強い」のですが、生半可な修行では吉事がないどころか凶事があるとされていますので行者にも一定以上の覚悟を求める「畏怖すべし」天部であるということです。

ところで、叡山には「十二年籠山行」というものがあります。この行を始める以前に『三劫三千仏名経』という経典に基づき仏の名を唱えつつ五体投地礼を行い仏の姿を観じる「好相行」という行を修める必要があります。一日三千仏の礼拝を行じること三ヶ月ほどで観仏に至るとされています。
また、鎌倉初期の栂尾の明恵上人は験のある方として知られていましたが、弟子から験を得る方法につき訊ねられたとき、「正しい方法を長く続けていれば誰でもできる」と答えたそうです。

どの神仏に何をお求めかは個人の自由です。また神仏に憧憬の念をもつことも信仰の端緒として好いでしょう。ですが憧れることと信仰することは別物です。努力=修行なしには神仏に近づくことはできません。
基本的に「仏」とは人の望ましい人格を象徴として仏格化したものです。仏そのものは自分自身がより善い人になろうとする意志(=菩提心)とそのための努力(=六波羅蜜)によって自分自身の変化として現る、いわば内的な存在です。
同様に「神」とは人との契約によって人になにかを与えてくれる外的な存在です。神との契約というと一神教的ですが、日本の神も「祭」という契約の儀式によって様々なご利益をを保証してくださることに変わりはありません。

いずれにせよ神仏とのおつきあいは「正しく・長く」ということです。ご精進ください。



以上、ご参考までに。




Name: 植田治栄
Date: 2016/12/01(木) 20:42   No:5443
  返信  引用  編集 
Title: どーしたら    
私の家は、西本願寺はと東本願寺はと二つです。親が、西と東なのでお墓にこまります。その場合はどうですか


Name: 本願寺派僧侶
Date: 2016/12/02(金) 09:45   No:5444
  引用  編集 
Title: Re:どーしたら    
家族全員で話し合って決められたらいかがですか。
父親方の派にするのが割と一般的だとは思いますが、かといって必ず父親方の派にしなければいけない、ということでもないと思います。

もしどちらでも良いという事でしたら、ぜひ本願寺派をおすすめします。
なぜかって?
私が本願寺派だからです^_^



Name: 在家
Date: 2016/12/03(土) 07:19   No:5445
  引用  編集 
Title: Re:どーしたら    
ご両親の苗字(戸籍の姓)のお墓があなたの家のお墓です。
お嫁に行ったら嫁ぎ先の苗字のお墓です。


Name: 天台沙門
Date: 2016/12/04(日) 06:02   No:5446
  引用  編集 
Title: Re:どーしたら    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

事情がよくわかりませんが、一人っ子の長男長女の子ども世代が父方母方の墓所管理をすることになった、という問題と理解します。
まずは両方のご寺院にご相談いただくことが最善です。そして回答をいただいたうえで、納得のいく選択をなさってください。

最優先してかまわないことは、貴方ご自身のお住まいに近いのはどちらのお寺か? ということです。私がご相談を受けたときは、第一に墓参に便利な場所を、次いで墓所お寺の雰囲気が好いところを、とお答えしています。
遠隔で行くに気乗りしない墓所や寺院を無理に選ぶ必要はありません。

極論を言えば、父方が本願寺派で東京に墓所があり母方が大谷派で本廟に墓所があり貴方ご自身が大阪にお住まいでしたら本廟さんにお世話になるほうがよろしいかと考えます。逆に、近くのきれいな寺院だが大きすぎて職員さんには親近感がもてないが、遠いお寺の住職さんに会うのが楽しみというならば父方母方に関わらず遠いお寺を選ばれてもよいでしょう。

以上、ご参考までに。




Name: しんはん
Date: 2016/11/12(土) 02:21   No:5430
  返信  引用  編集 
Title: どちらのお仏壇からお参りすべきか?    
これは、
私の姉夫婦のところでのお仏壇参りについての質問です。

ここでは、お仏壇を使用しないと勿体ないという理由だけで、
本来は一つに纏めるべきなのに持っている二つの仏壇をそれぞれ分けて使用しています。
なんとか私からの助言で、まずはやっと数か月からは、この二つの仏檀をピッタリと並べてお祀りするようにはなりましたが・・・。
一つの仏壇は、本尊である不動尊と地蔵菩薩、そして姉の昔の水子位牌が祀られているもので、
こちらは不動尊の掛軸の入る背の高い仏壇です。
そして、もう一つは不動尊掛軸の入らない背の低いタイプの仏壇であり、
こちらは姉の主人(義兄)の思入れのある仏壇として主人側の両親の位牌だけが祀られています。
ゆくゆくは、ここの頑固な主人をなんとか軟化させて、
いずれは一つのお祀りとなるように促していきたいものと私は思っています。

そこで質問なのですが、
私は、こちらの姉夫婦宅でお参りする際には、
必ず御本尊である不動尊と地蔵菩薩の祀られている側からご挨拶することにしていますが、
先日、姉からなんと、もう一つの仏壇である主人側の両親位牌からお参りするようにとお願いされてしまいました。
それは、頑固で気難しくて神経質な主人のことを察しての配慮のようです。
つまり、いつもの順序だと、主人の両親位牌は後回しの“ついで御参り”に映ってしまう、という懸念だと思われます。
もちろん、私はそのような意識からではなくて、
御本尊からご挨拶するというのがごく当たり前の決められた礼儀作法であると認識しており、
そのことを日常の習慣としているからなのです(姉はそのことを理解しています)。
その時は、取りあえず姉から言われるままに御本尊側を後にしましたが、
しかし、今後については、この私はどのようにしたらよいのでしょうか?

私からご主人に直接お話しをして、本来は御本尊から挨拶する必要と礼儀の決まりについてを説明して、
これからも御本尊側からお参りさせて頂くようにするのが良いか?
それとも、それだとご主人が憤慨する可能性もあるので、いずれは理解を示す時がくるのを待って、
このままご主人側の両親位牌からお参りするようにすべきなのか?
一体、どちらが良いのでしょうか?  

ご指導とアドバイスをどうか宜しくお願いします。



Name: 在家
Date: 2016/11/14(月) 09:37   No:5436
  引用  編集 
Title: Re:どちらのお仏壇からお参りすべきか?    
私は坊さんではないので一般的な考え方ですが、家庭の仏壇はご先祖様の供養のために設けています。
お姉さんが嫁入りされたのであれば、仏壇にはご主人方のご先祖様と宗旨のご本尊が入ります。
水子がご主人さまとの子供であれば同じ仏壇に置いてもよいですが、もともと生まれていないので仏壇でいつまでも供養する必要ありません。

ご本尊は一つですから、お姉さんが個人的に地蔵菩薩や不動明王を信仰されるのであれば、仏壇とは別にされたほうがよいと思います。
大きな仏壇を並べて水子の仏壇を先にお参りするのは、ご先祖様としては気持ちの良いものではないでしょう。

お姉さんの家に行ったときは、ご主人のご先祖様に敬意を払うべきで、それ以外のお参りは二次的なものです。
それ以前にお姉さんの家庭を自分の思い通りに支配しようとするのは争いの元になります。
お姉さんの意向を尊重して、それに従うべきでしょう。



Name: 天台沙門
Date: 2016/11/14(月) 20:36   No:5438
  引用  編集 
Title: Re:どちらのお仏壇からお参りすべきか?    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

僧侶の立場で申し上げれば、仏壇で大事なものは本尊さんなのであってご先祖の位牌は添え物にすぎません。したがいまして本尊檀から位牌檀という拝礼の順序が「正解」です。
ご質問に即してお答えするならば、両檀に共通の本尊である不動尊が第一、地蔵尊を脇侍として第二、それぞれのご位牌が第三という順序が「正しい」方法です。



正直なところは神仏でも死者でも尊重すべきは「なんでもいいじゃん」と考えます。それこそ「信教の自由」の問題ですね。
ご先祖(および有縁の死者)を神とみなせば、拝礼の順序に上下をつけるということは神仏に上下をつけるということになります。それは人が神仏に上下をつけるということですが、そもそも人の分際で神仏に上下をつけることが許されることなのか、ということになります。
もっとも現実問題としては上下をつけておりますが、基本は伝統的な仏格・神格の順に従うことをお勧めします。



ちなみに私の場合を。

仏・如来=阿弥陀・薬師・釈迦・大日
  別尊=牛頭天王
仏・菩薩=観音・勢至・日光・月光・文殊・普賢・弥勒・地蔵
仏・明王=不動・大黒天・鎮守御祭神・十六善神
法   =妙法蓮華経・大般若経
僧   =天台大師・伝教大師・慈覚大師・当山歴代
その他 =今上天皇・当山檀徒先祖代々・三界万霊

以上、ご参考までに。


Name: しんはん
Date: 2016/11/16(水) 01:44   No:5439
  引用  編集 
Title: Re:どちらのお仏壇からお参りすべきか?    
補足:
附け加えて、もう少し詳しく話しておきます。

ご主人の家系の宗派は曹洞宗ですが、こちらの菩提寺は檀家に対する態度が酷く、
ご主人はここは金目当ての寺であるとして酷く嫌っており、この寺との付き合いをまったく希望していません。
また、実妹との折り合いが非常に悪くて殆ど疎遠であり、実家のお仏壇はこの妹がすべて見ている状況です。
ご主人はこの菩提寺と実妹との付き合いを一切止めています。もちろん、実家のお仏壇参りもしません(菩提寺の納骨参りはしています)
そして、ご自分で両親の供養がしたいということで、実家の御位牌とは別に、嫁である私の姉の実家の菩提寺にて開眼して位牌を造りました。
こちらは真言宗智山派の不動尊を本尊とする寺院(山号-成田山)であり、姉のお祀りする不動尊は本家/成田山新勝寺からのものです。
また地蔵尊、及び水子位牌のすべてがこちらの私の実家の菩提寺(真言宗智山派)により開眼してお祀りしたものです。
ご主人自身の希望で、姉と一緒にこちらの真言宗寺院へ熱心に足を運んでいる状況であり、姓(苗字)までも妻方に変えたいとさえも言っています。
現在、お仏壇が二つに分かれている理由というのは、ただ単にご主人が使用を続けたいという仏壇があって、
そこには不動尊の掛軸が大き過ぎて入らないことから、結果的に本尊の無い御主人のご両親の位牌だけのお祀りとなってしまっているものです。
ということで、姉の不動尊と一緒にしたくないとか、姉の前の夫とによる水子位牌とは一緒に祀りたくないといった理由からではありません。
また、特に本来の禅宗の荘厳を希望するという考えも持ってはいません。

この私が、現在の二つのお祀りを一つの仏壇にすべきであるという理由はこうです。
仏壇というものは本尊(悟りに達した仏)が中心であり、先祖供養のための位牌も本尊の傍に置くことで
ご先祖にとっても心からの安らぎの場所となるという考え方からです。
そして、祖霊に対して我々から直接供養するのはもちろんのこと、更には、諸仏に対して祖霊たちの救済と仏道修行のお導きを願うためです。
もしそうでないお祀りならば、それはただの祖霊供養の一つの方法に過ぎず、仏式の供養というものではない、ということになるでしょう。
あと、礼儀的な基本マナーとしては、ご主人側の家系の位牌と妻方の位牌がある場合は、もちろん、ご主人側の位牌が上位の扱いとなります。
しかしながら当然のこと、人間を祀る位牌よりも本尊である諸仏が遥かに上位の扱いをしなければなりません。
それは仏壇のお祀りの仕方と荘厳(飾り方)をみれば明かなのこと。諸仏の中でも如来は最上階の中央であり、
次いで両脇の仏、そして、下の段になるほど下位となり、位牌というのは一番下位の位置です。
ご挨拶と礼儀作法も当然のこと、最上位である如来を始めとする諸仏からであり、
少なくとも、仏式のお祀りと仏教徒としての礼儀作法とマナーではそれが常識です。


Name: しんはん
Date: 2016/11/16(水) 02:02   No:5440
  引用  編集 
Title: Re:どちらのお仏壇からお参りすべきか?    
◇在家さんへ

ご意見をありがとうございました。
私の説明不足ということもありますが、一般的にはそのように見られたりもするのだなぁ、
と、一つの勉強になりました。
水子供養についてはまだ始めたばかりであり、こちらは姉自身の心の納得がいった時が終わりとなるものと思います。
また、繰り返しになりますが、お参りの順序としては水子からということではなくて、
本尊である不動尊と地蔵菩薩に対するご挨拶が一番最初となるという意味なのです。
話は同じではないかもしれませんが、お墓参りでも礼儀作法でいえば、
本堂の御本尊の諸仏に対するご挨拶が本来的には先なのであり、
自分たちの先祖の墓というのは、その後ですから。
もちろん、姉の家系よりもご主人の家系が上位であるということは十分に心得ています。


◇天台沙門さんへ

アドバイスと御指導をありがとうございました。
正しい参拝順序について理解を深められました。自分は自信を以て堂々と望みたいと思います。
間違った方向になあなあに流されるのではなくて、
相手に分かるように話して理解を得て正しい方向へと進みたいと思います。

ありがとうごいました。


Name: 在家
Date: 2016/11/16(水) 09:27   No:5441
  引用  編集 
Title: Re:どちらのお仏壇からお参りすべきか?    
なるほどなるほど、仏事にお詳しいのですね。
ご主人の仏壇にご本尊がいなければ、普通はご本尊のいる仏壇のお参りが先になりますね。
その状態では確かに仏壇を一つにまとめるのが妥当だと思います。

しかしお姉さんはご主人の苗字を名乗っておられるでしょうし、ご主人の本家のお墓は曹洞宗の菩提寺にあるわけですから、ご本尊をどちらにするかは迷うところですね。
ご主人の実妹さんが本家の苗字を名乗っておられれば、ご主人は分家になるので、新たに菩提寺を真言宗に定めて、ご本尊を不動明王にするのはよいと思います。


それはそれとして、現状でどちらの仏壇を先にお参りするかは、やはりご主人の仏壇だと思いますよ。
家庭の仏壇は寺院の須弥壇とは違って、ご先祖様の供養を目的にしています。
儀式の順序の問題ではなくて、ご本尊があろうがなかろうが主役はご先祖様だということです。
それは学校の朝礼で校長先生の挨拶が先でも、朝礼は生徒のためのものだということと同じです。
ご先祖様に失礼のないようにすることが第一です。


それから本当の意味での供養は、お経を唱えることではなくて、生きている家族が仲良くして、その幸せをご先祖様に回向(えこう)することです。
まずは生きている家族が幸せになることが第一ですから、家族間の争いや、周りの人たちとの不和は解消してゆかねばなりません。
その意味でもお姉さんの意向は尊重するのがよいと思います。

はっきり言えば、宗派だの仏壇だの本尊はどうでもよいことで、それによって本末転倒しないよう注意すべきです。
往々にして自分の意見だけが正しいと思う狭量さによって周りと不和を生じます。


Name: しんはん
Date: 2016/11/20(日) 16:47   No:5442
解決   引用  編集 
Title: Re:どちらのお仏壇からお参りすべきか?    
在家さんへ

かなり選択には苦労しましたが、
あなたの親切丁寧なご意見をよく伺いまして、
あなたのいう通りにした方が良いものと私は思い直すことにしました。

何故なら、
ごく一般普通の庶民というのは、家族が亡くなってから初めて仏壇を設けるというのが殆どであり、
それは逝去した家族を弔って供養したいがためであって、普通の人は本尊がどうしたとか、
何々如来と何々如来の違いなど知りません。そもそも自分が何宗なのかさえも知らないというのがごく普通のことです。
お仏壇を設けてお祀りしようとするのも人間であり、その人間の側がその気を無くせば諸仏諸尊が祀られることすらもありません。
ということで、意味をよく理解しつつも
ご主人のご両親の位牌から参拝するようお願いしてきた実姉の気持ちを尊重したいと思いました。

ところがその後に、
なんとご主人の理解が得られてお祀りを一つにすることと相成りました。
ただし、ご主人の強い意向で両親が使用していたことのあるというご主人思い入れのお仏壇一つにというものです。
残念なことは、姉がお祀りしてきた不動尊の掛軸は大き過ぎて中には納まらないために、
止む得ず、お仏壇の外の上方の壁に掲げることになりますが、これは致し方ありません。
現状としては最大限の良き選択になったかと思います。
あとは、お仏壇の外になった不動尊にもご給仕ができるよう、壁に小棚を付けるなどして工夫していきたいと思います。
そして尚且つ、お仏壇の中にお祀りできる本尊も新たにお迎えしたいということで(中は地蔵尊と位牌だけなので)、
この私に助け舟の依頼がきましたので、できる限り良いお祀りになるよう最大限で協力したいと思っています。
できれば、新しい一つの纏まったお仏壇とお祀りにて新年が迎えられるようにします。

この度は、
熱心なご意見とアドバイスをありがとうございました----感謝!!


合掌





 
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