藤村シシンぶろぐ


 

2012. 3. 30
      【前篇:twitterでの私のギリシャ神話の論文抜き刷りの件】
いきさつ〜ふざけたまとめ

 
 
――どうせ今日も「アポロンの男根がさぁ」って話で始まると思うでしょ? 
…始まらないんです、それが。 
 
 
突然ですが、先日幸運にも、とある論文雑誌に、 
私のギリシャ神話の論文を掲載して頂きました。 
 
…したら、編集者様がご好意で、私の論文の
抜き刷り(私の部分だけ抜粋して冊子にしたもの)を、 
次のイベントで売れるほどの冊数送って下さいました。 
 
 
 
 
で、「誰かもらってくれないかな…!」とtwitterで呟かせてもらったところ、 
すごく嬉しい事に、多くの方がご反応下さって…! 
 
それで、超うれしいんですが、ギリシャ神話に興味のある方を始め、 
ご専門の方から、高校生の方まで幅広い方に受け取って頂けました!まずはどうもありがとうございます! 
 
ただ、早々に申し込み受付を締め切ってしまったので、 
twitterで「締め切るの早すぎだろー!」って方とか、 
もしかしたら、このサイトでも興味を持って下さる方とか、いるんじゃないかなあ?と思って、 
今回の日記を書かせて頂く次第です。 
 
 
――さて、その論文というのが、 
全編ギャグ・下ネタ・アポロン一切なしの、私の持ち味が8割方損なわれてるクソ真面目な文章なので、 
論文を郵送させて頂いた方には、少しでも分かりやすいように、 
 
「ふざけ半分の論文の簡易まとめ」を書いて同封させて頂きました。 
 
 こんな感じ 
 
これを今から引用させて頂きたいと思います…! 
興味を持って下さったのにお渡しできなかった方には、 
「へーだいたいそんな内容なんだ」と思って下されば幸いです! 
 
 
 
――さて、私は、普段アポロンアポロン言ってますが、 
研究対象はもっぱら
「英雄」です。 
 
 
…かつて、今の土地に移動してきた古代ギリシャ人たちは、 
前時代にその地にいた人々が建てた、巨大な墳墓を目の当たりにします。 
 
 ミケーネ時代(前ギリシア時代)の墳墓 
 
「なんて巨大な墓だろう」、 
「この墓に埋葬されているのは、偉大な人物に違いない……」。 
 
古代ギリシア人たちは、その墓の主に名前を付けます――
 「アキレウス」、「アガメムノン」、「ヘラクレス」… 
 
――彼らの偉大な英雄たちの名を! 
 
 
そこからこの英雄たちの崇拝が、 
そして彼らが主人公の叙事詩が、物語が、ギリシャ神話が、語られ始めます!
 
 
 
そんなわけで、しばしお付き合い頂ければ嬉しいです! 
 
いざ語ろう!かつてただ一人、全世界を救った英雄の物語を!!  
 
かつてギリシャ中で最も豊かだったアイギナ島と、 
彼らの名高き英雄、アイアコスの話を! 
 
 
 
アイギナ島 
 
 
  
【古代アイギナにおける英雄アイアコスと子孫たちの神話、 
その特異な政治的利用法】
 
 
さて、私の関心はもちろんギリシャ神話ですが、 
これは体裁としては歴史学の論文です。 
「歴史学の論文」とは、 
 
「過去の歴史や史料が、寄ってたかって私達の目から真実を隠そうとしてくるが、そうはいかない。私だけはそんな手には引っ掛からない。」 
 
――と言うための文章です。 
つまり、今まで誰も気づかなかった事を指摘する、 
という事が目的です。(それが成功しているかどうかは別として)。 
さて、その枠組みの中で私が言いたい事は……簡単に言うと、 
 
「東京でマクドナルドを『マック』って略してるからって、日本中がそうだとは限らないんじゃね?『マクド』派もいるんじゃね?例えば大阪とかさ」 
 
 
――もう少しマジメに言うと、 
 
「アテナイという街で、ギリシャ神話の英雄をこういう風に政治的に扱ってるからって、ギリシャ中がそうだとは限らないんじゃね?違う政治的利用法もあるんじゃね?例えばアイギナとかさ」。 
 
という事です。 
 
…これは英雄と彼を崇拝する町、そしてそこで語られた「英雄の神話」の話。 
特に、
アイアコスという英雄と、彼を崇拝するアイギナという町、そしてそこで語られた「アイアコスの神話」の話です。 
 
  
 超簡略化したアテナイとアイギナの対立関係・地図 
 
  
 アイギナ島の岬から。対岸がアテナイ(アッティカ)です。 
  
 
◆歴史としてのギリシャ神話 
 
「ギリシャ神話」は、今の私達にとっては架空のファンタジーのように聞こえますが、古代ギリシア人にとっては生きた「歴史」そのもの。 
どこの町にも自分たちの象徴となる英雄がいて、街全体で彼らを崇拝していました。 
 
そしてポリス(町)同士の戦争ともなると、まず相手を直接ボコすより先に、彼らの神話や英雄を奪い取ろうとします。
「お前の英雄なら今俺の横で寝てるぜ…」的な。この英雄花いちもんめ方式が、彼らにとっては核兵器よりも効果のある戦術だったのです。 
 
 
◆『イリアス』を改ざんする事はできない 
 
さて、ギリシア神話の中でも、特にホメロスが書いた
『イリアス』は重要です。 
これは全ギリシアに共通する神話の
「原作」のようなもの。そして自分たちの偉大な祖先(=英雄)の功績が描かれた歴史そのもの。ここに描かれている事は、基本的に変える事はできません。 
 
 「アキレウスはテッサリアに住んでいた」、 
 「ディオメデスはアルゴスの王である」。 
 
――こういった全ギリシアに流布している神話は、一都市が勝手に改ざんしようとしたら、すぐに
「原作と違う事いってんじゃねーよ」とツッコミを入れられちゃう。 
 
 
しかし、ここで一つの問題が出てきます。 
それは、「自分の先祖が『イリアス』で大した事してない(ex.アテナイの英雄メネステウス)」、 
「むしろ『イリアス』に自分の土地が登場すらしてない(ex.アイギナ)」連中です。 
 
英雄の神話(歴史)が無いことは、ギリシア人にとっては重大な問題。 
「どうやって俺達の都市の系譜を、『イリアス』に始まる名だたる英雄に連結させるか?」 
 
……これが昨今の年金問題とかと同レベルの重要課題だったのです。 
 
前述の通り、 
『イリアス』(≒全ギリシャに流布する神話)の記述は変えられない。」 
 
 
――しかし、重要なのは、
物語を「書き加える」事はできた、という点です。 
 
 
 
◆どうやって神話を都合のいいように改変していくか? 
 
  アテナイ(アテネ)、パルテノン神殿遠景 
 
まず、アテナイ人のとった手段はこうでした。 
つまり、物語の
「後日談」を語って、「最終的にこの英雄はアテナイの地にやってきて、俺たちの仲間になったんだぜ」という続きのエピソードを作っちゃう。 
 
「英雄テセウスは元々トロイゼン地方の英雄だったんだけど、最終的にはアテナイにやってきた!=テセウスはアテナイの英雄!」など、とにかく英雄を最終的にアテナイに取り込む!というのが、アテナイがとった神話の戦略でした。 
 
「メッシはアルゼンチン出身だけど、今はスペインのチームでサッカーやってるだろーが!だからメッシはスペインのヒーローなんだよ!」 
 
――って言われれば、まあ納得するのと同じ理屈です。 
 
これはアテナイのみならず、他の多くの都市が好んで用いた戦略でした。 
それゆえに、「お前の英雄なら俺の隣で寝てるぜ…」方式は、 
これまで神話の改変においては
絶対的な王道である、 
と信じられてきました。 
 
しかし、
二次創作をやった事がある人なら分かると思いますが、原作と整合性をつけつつ、自分好みの同人誌を描く方法は、何も「未来を描く」だけではありません。 
 
 
もう一つ、そう、
「過去を描く」、という方法があります。 
 
いわゆるスター・ウォーズ方式で、 
「ルークが主人公の話は実はエピソード4、5、6でした。これから書く新作はエピソード1、2、3だぜ!」方式です。 
 
 
この方式をとったのが、アイギナという島です。 
(ギリシャにツアーで行った事がある人なら、エーゲ海クルーズで上陸したと思います――今は「エギナ」と呼ばれている島がここです。) 
 
 
 
 アイギナのアポロン・ポセイドン合祀神殿 
 
 
アイギナは、当時はアテナイ以上の栄華を誇っていた都市でしたが、『イリアス』の中ではまだハナクソくらいの扱いの島でした。 
それゆえ当然、彼らの都市固有の英雄もいません。 
新しく発展した都市なので、気付いた時には有名な英雄は他の都市(主にアテナイ)に取られてしまっている状態。 
 
この状態から、自分たちの都市を最高に栄光ある英雄の神話に連結させる方法、 
それは―― 
 
アイギナ人「
アキレウスやアイアス。二人とも最も偉大な英雄だよね。いいなー欲しいな」 
 
アテナイ人「あーダメダメ、その二人の血筋は俺達アテナイ人がもらってるから!お前達にはやらないよ。」 
 
アイギナ人「フーン…ところで、『イリアス』の中でアキレウスやアイアスのお爺さんに、
『アイアコス』という人がいるよね。」 
 
アテナイ人「アイアコス…ああ、名前だけの存在で、何の神話もない人だろ。」 
 
  
 
 
アイギナ人「そう、そのアイアコスなんだけど……
実は、アイギナの出身なんだ。」 
 
アテナイ人「!!」 
 
アイギナ人「つまり、アイアコスの孫の血を引いているアテナイ人諸君。君たちの先祖はこの俺たちだぜ!!」 
 
 
 
――子孫がダメなら、源泉をおさえる!
 
これこそが、アイギナ人の戦略でした。 
 
『イリアス』の中では名前だけの存在だった英雄アイアコス。彼を自分の土地で生まれた、と言う「過去」を創造する事で、 
その後に続く血筋も自分たちの物にしたのでした。 
 
  
 
 
見よ、この見事なまでのスーパー我田引水プレイを。 
これが奴らの最高の戦略だ! 
 
 
◆英雄の性格、キャラクター 
 
さて、アイアコスについては何の神話もないので、アイギナ人は彼について自由に語る事ができたわけですが…… 
「あのアキレウスの祖父って事は、ゴリラみたいな奴だろ?」
「一度切れたら、血を見るまで止まらないタイプのゴリラ」 
 
…という予想に反して、 
アイギナ人はまったく違う「俺たちが考えた最強のご先祖様」像を語り出します。 
 
つまり、「アイアコスは世界一優しい男」、「世界中を干ばつから救った」、「あのアポロンまでもが半ベソかいてアイアコスに助けを求めてきた」「ぶっちゃけゼウスが最も愛する男」。 
――など、武器を持たない平和的な英雄のキャラを彼に与えたのです。 
 
 
 
(※でも奥さんには二度逃げられてます。) 
 
 
私は、これには非常に大きな意味があると考えます。 
英雄の性格やキャラクターは、神話の中だけではなく、現実の世界、実際の戦争、政治的な戦略にも影響を及ぼしたはずだ、というのが私の主張です。 
 
 
アイアコスという人畜無害の平和なオッサン、 
 
それの子孫とは思えないレベルで血気盛んなアキレウスやアイアスやテラモン(=
「アイアキダイ(アイアコスの子孫)」)。 
アイギナの人々は、このキャラクターたちを歴史という舞台でどう動かし、どういう役割を担わせたのか。 
 
前506年、アテナイとアイギナの間で戦争が始まった時、 
前504年、アポロンの神託がアテナイにもアイアコスの神殿を建てよと命じた時、 
 
 アテナイのアイアコスの神殿跡 
 
前490年、サラミスの海戦で、ギリシア連合軍のためにアイアコスの英霊が呼ばれた時。 
あるいは、ピンダロスがアイギナ人ためにアイアコスやその子孫の歌を歌った時、 
 
アイギナ人が、島のアパイア神殿をアイアコスの子孫のレリーフで満たした時。 
   アパイア神殿 
 
 
 
――現実に起きるこの物語の中で、アイアコスとアイアキダイ(アイアコスの子孫)はどのような役割を演じたのか。 
これを彼ら個々人のキャラクターに着目して論じるのが、私の論文の目的です。
 
 
そしてこの問いを通じて、私は今まで王道だと捉えられてきた「お前の英雄なら俺の隣で(略)」方式に対して、アイギナ人が作りだした同人誌…もとい、神話の戦略が、同じくらい機能的で、彼らが同じくらい大手になれる素質を持っていた
壁サークルだった、 
という事を証明したいと思います! 
 
 
次の日の日記に続きます!  
 



藤村シシン
古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家。
高校で出会ったアニメ『聖闘士星矢』がきっかけでこの道へ。東京女子大学大学院(西洋史学専攻)修了。

◆著書『古代ギリシャのリアル』(実業之日本社)。◆ NHKカルチャー講座講師。◆2020年オリンピック採火式NHK生中継内、古代ギリシャ語同時翻訳。 ◆平成28年 東京国立博物館『特別展・古代ギリシャ』公式応援サポーター。 ◆UBIソフト『アサシンクリード・オデッセイ』公式コラボ ◆古代ギリシャナイト主催。 など。

お仕事のご依頼 euermo★gmail.com
(*をアットマークに変えて送って下さい)


書籍『古代ギリシャのリアル』発売中。




★よく出てくる宿敵「黒川君」については
【黒川wiki】をご参照下さい。



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