お寺ネット 仏事相談室(無料)です。先祖供養・水子供養・人形供養・ペット供養・ご祈願や永代供養墓・葬儀・戒名など仏事に関する相談掲示板です。過去の相談例

過去の相談例

お寺ネットtop | かけこみ相談室へ仏事の相談室ツルとも和尚のお手伝い


  <<   新規投稿   トピック表示   ツリー表示   携帯用   検索/過去ログ   ホーム  
 
   真言宗で得度   
   無題   
   位牌について   
     ・[5647] 天台沙門 
   無題   
     ・[5643] 天台沙門 
     ・[5645] 大阪 
   仏教的に新元号はどう ....   
     ・[5640] 在家 
     ・[5644] 天台沙門 
   助けて   
   他人の供養について   
     ・[5636] 在家 
     ・[5637] 悩み多き50代女性 
     ・[5638] 在家 
   お経を唱えるとどうな ....   
     ・[5629] 一求道者五十四歳  
     ・[5630] 天台沙門 
     ・[5631] 迷走者 
     ・[5632] 迷走者 
     ・[5633] 在家 
     ・[5634] 迷走者 
   塔婆へ何と書けばよい ....   
     ・[5627] 一求道者五十四歳  
   お寺を変えたいです。   
     ・[5610] 大観 
     ・[5617] ちょう 
     ・[5621] 在家 
     ・[5622] 一求道者五十四歳  
     ・[5623] taka 
     ・[5624] 一求道者五十四歳  
     ・[5625] 在家 

Name: ケアワーカー40代
Date: 2019/07/09(火) 15:23   No:5649
  返信  引用  編集 
Title: 真言宗で得度    
実家は浄土真宗ですが私自身は真言宗を信仰しており、
真言宗での得度、将来的に僧籍を取得したいと考えています。
以前指導していただいていた遠方に住む住職が難病でお会いすることも難しくなり、どうしたらいいかと思っております。
近所の同じ宗派の真言宗のお寺に相談でもいいのでしょうか?





Name:
Date: 2019/06/20(木) 21:06   No:5648
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
最近、母方先祖のお墓が分からない事が判明しました。
恐らく最後に母方先祖のお墓に入ったのは昭和19年に1歳で他界した叔父と思われます。祖母も同じ年に他界し翌年に祖父は再婚をしました。母(昭和16年生まれ)が7歳の頃、異母弟が出来たのを期に養子に出されました。その後何度かは祖父が母に会いに来ていたようですが、「お祭りに行こう」と連れ出され、そのまま養父母の元に置いて行かれた事がトラウマで祖父とは思うように会話が出来なかったそうです。その祖父も平成3年に他界。連絡が来て相続放棄の書類を書いただけでした。異母弟がいるのでご先祖様の供養などは大丈夫とばかり思っていましたが、最近、戸籍を見る機会があり祖父が入夫であったことが分かり、慌てて異母弟に連絡をし祖父のお墓に初めて行きましたが、そこに入っていたのは祖父と後妻の二人だけで実祖母は勿論の事、母方の先祖のお墓がどこにあるのかが全く分かりません。祖母には数人の姉妹がいましたのでもしかして墓守をしてもらえているのではと僅かな望みを持ち探しています。祖母が大正生まれ、母の姉妹もおそらく他界している事と思います。お寺様にご迷惑をお掛けしているのではないか?ご先祖様にも申し訳なく思って、本来はしてはいけないのでしょうが、祖母、曾祖父母の本籍のある元浅草のお寺の墓所を巡り探しています。
只、時間もたっている為、無縁仏として処理されているのではないかと思います。お寺様に手紙などで問い合わせをしても良いものなのか、又、無縁仏などの処理をされたお墓などの記録はどの程度残されているのか、可能な限り先祖を探したく思っているのでお教え頂きたくお願い致します。
長文、又、分かり辛い文章で申し訳ありませんいませんが、どうぞよろしくお願い致します。





Name: どう
Date: 2019/05/08(水) 18:33   No:5646
  返信  引用  編集 
Title: 位牌について    
家の諸々の事情があり密葬の形を取った際に位牌だけ後から作って頂くことは可能でしょうか?やはりお経をあげて頂かないとダメですか?


Name: 天台沙門
Date: 2019/05/20(月) 10:53   No:5647
  引用  編集 
Title: Re:位牌について    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とするものの立場から。

正直なところ、位牌の開眼供養(魂入れ)の法要をせずとも、それはそれでかまわないと考えます。死者に有縁の方々が「この細工物が故人の人格の象徴なのだ」という共通意識のもと位牌に対して敬意をもって接すればそれでよいのですから。

逆にいいますと、儀礼には参加した人々の感情をまとめるという文化的な作用がありますから位牌を作った場合にはそれなりの宗教儀礼を行なうことをお勧めします。

以上、御参考までに。




Name: 大阪
Date: 2019/05/04(土) 20:49   No:5641
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
お聞きしたいことがあって書き込ませていただきます。本日、父方の両親のご先祖様が眠っているお墓だろうと思い込んでしまい、綺麗に掃除をして手を合わせて帰ってきてしまいました。間違えていることに気づき、いろいろ調べましたらダメなことだと知りとても不安でいっぱいです。もう1度出向き間違えてしまったことをお詫びしにいくことはよいことでしょうか?


Name: 天台沙門
Date: 2019/05/05(日) 11:59   No:5643
  引用  編集 
Title: Re:無題    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

はい。
本来そのために墓参をなさったわけで、もう一度出向かれて同様に掃除をなさればよろしいかと。


Name: 大阪
Date: 2019/05/06(月) 17:18   No:5645
  引用  編集 
Title: 御礼    
お早いご回答ありがとうございました。
そのように行いたいと思います。




Name: 令和
Date: 2019/04/16(火) 18:06   No:5639
  返信  引用  編集 
Title: 仏教的に新元号はどうなのか?    
仏教的に新元号はどうなのか?


Name: 在家
Date: 2019/05/01(水) 06:42   No:5640
  引用  編集 
Title: Re:仏教的に新元号はどうなのか?    
インドで漢字は使いません。
本日から令和です。


Name: 天台沙門
Date: 2019/05/05(日) 12:56   No:5644
  引用  編集 
Title: Re:仏教的に新元号はどうなのか?    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

論点は、日本の古典における漢籍の位置づけというものと、元号が崩御した天皇の名であるということの2点が考えられます。

手元の資料ですが、犬養孝『万葉の旅・下』の126頁に「梅花の宴」との章があります。
そこでは「貴族名門の生いたちに加えて中国の詩文の豊かな教養をもとに」「梅花の歌三二首と中国詩文を模倣駆使した美文の序とが巻五に所収されている。序の一節に」と述べられ「時に初春のの令月、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き」と引用されています。

日本の古典を典拠にとはいいますが、あえて典拠が漢籍をふまえているということに触れないということは、逆に日本の古典への常識というか人の時代性への共感を欠いているのではと感じます。


さて。
上皇陛下は御存命ですが、崩御した天皇の名として元号が使用されるということを考えると、元号は天皇の死後の名すなわち戒名であると考えられます。
ここでは明代に成立した「一世一元の制」の目的などには触れません。

そうしますと、漢文を読む際に「令」の字は敬称として用いるよりも使役辞として用いる場合が一般的ですから、戒名としては使いづらい文字だと考えます。
経典から用例をあげると『妙法蓮華経・如来寿量品』の「自我偈」という部分では「令入於仏道」「令顛倒衆生」「令其生渇仰」「以何令衆生」と使用されていますが、すべて釈迦仏が主語・衆生が目的語となる使役態です。

私が預かる寺では明治以降「令」を用いた戒名はありません。


以上、ご参考までに。




Name: 無題
Date: 2019/05/05(日) 00:17   No:5642
  返信  引用  編集 
Title: 助けて    
私は家族に嘘をついて、注意されているのに直さなくて
家事もなにもやりませ(自分の家なのに)
今は家を追い出されています。
家の事をなにもやらない、家族がやっても、ありがとうもいいません。それで、お金を支払っている状態です。
どなたか、アドバイスください。





Name: 悩み多き50代女性
Date: 2019/03/15(金) 14:24   No:5635
  返信  引用  編集 
Title: 他人の供養について    
はじめまして。ひとりでは判断し難く、相談させていただきます。

つい先日、友人から富士山の樹海に興味があるかと聞かれ、気軽にハイと答えたところ、樹海で写した写真を見せてくれました。
友人の知人のルポライターの人が写したものだそうです。
心霊写真か何かかと思って興味半分に見せてもらったのですが、その写真は樹海で自殺したご夫婦の写真でした。
そして成り行きで私がその写真をもらうことになってしまいました。

私自身の生活が夫の事業の不振などで現在金銭的に追い詰められ、夫婦のあり方などに悩む毎日で、自殺されたご夫婦のことが他人事に思えず、これも何かのご縁だろうか、と、思いもよらず私の手に渡ったこの写真をどうすれば良いのか悩んでおります。

この後私はこの写真をどうすれば良いのでしょうか?
どちらかでご供養していただいたほうがよろしいのでしょうか?

どうぞ良いお導きをお願いいたします。



Name: 在家
Date: 2019/03/23(土) 07:48   No:5636
  引用  編集 
Title: Re:他人の供養について    
長い間返事がないようなので、これは私の見解で日本仏教とは関係ありません。
心霊写真は映っている人の霊魂に繋がりますから、手元に置いておかない方がよいと思います。
霊魂に繋がるのは位牌や人形や絵もそうなのですが、知らないうちに所有者の心がそうしてしまうのです。
人の心にはそのような知られざる力があります。

手放すのは捨てるだけでもよいのですが、物理的な問題だけでなく心理的に手放さなければならないので、〜供養といった儀式をすることが多いです。
しかし儀式が何かをしてくれるわけではなく自分の心の問題なので、自分が一番納得できる方法を選ぶべきです。
「誰かに聞いたから」ではなく、自分で確信してやってください。

一例として「お焚き上げ供養」というのを密教系の寺院でやっていて、郵送でも受け付けてくれますから検索してみてください。
それは写真の人に関わらないためのもので、あくまでも写真の供養です。
自殺者の供養は家族以外の人はやらない方がよいと思います。
写真のことはなるべく忘れてしまうことです。


Name: 悩み多き50代女性
Date: 2019/03/26(火) 16:23   No:5637
解決   引用  編集 
Title: Re:他人の供養について    
在家さま
コメントをありがとうございました。
お礼が遅くなり申し訳ありません。

写真は心霊写真ではなく自殺された方のご遺体の写真でしたが、いただいたアドバイス、本当にそのとおりだと思いすぐに手放しました。
持っている間は色々思い悩みましたが、手放したあとは気持ちもスッキリしました。

ご供養もやらないほうが良いと言っていただけたので、心残りも消えました。

自分の判断が正しいのかどうか不安な中で、アドバイスをいただき本当に嬉しかったです。

ありがとうございました。


Name: 在家
Date: 2019/03/29(金) 08:37   No:5638
  引用  編集 
Title: Re:他人の供養について    
心霊写真でも遺体の写真でも同じです。
補足ですが決して自殺者に同情しないでください。引き込まれる危険があるからです。
いかなる理由であっても決して自殺を正当化してはなりません。
いじめや過労に同情する社会の風潮にも惑わされないでください。
すべては本人の責任で、本人が乗り越えなければならないことです。






Name: 迷走者
Date: 2018/12/16(日) 23:29   No:5628
  返信  引用  編集 
Title: お経を唱えるとどうなるのでしょうか?    
過去に同じような質問がありましたら申し訳ありません。
(その場合は、過去の質問タイトルを教えていただけるとありがたいです)

誰が(1)、何に(2) お経を唱える(あげる)のかによって、なぜ、どうなるのか知りたいです。

(1)お坊さん か 一般の人
 かで次の2ア〜カの対象にお経をあげて違いはありますか?
(2)ア.お寺で貰ったお札、イ.家で特に祀っている仏画や仏像、ウ.仏壇の仏画や仏像、エ.仏壇の位牌、オ.お墓、カ.お寺の本堂の仏画や仏像

「日蓮宗の南無妙法蓮華経は、誰があげても同じだよ」と聞いたことがありますが、それならお坊さんの意味が無いような?

そうかと思えば、真言宗のお寺で聞いたのは「お坊さんは仏様との橋渡しだよ」とも。では、一般の人が唱えても意味がないのでは?

「仏画や仏像にお唱えすると、誰がお唱えしても仏様は喜ぶので、それが功徳になる」とも、聞いたことがあります。

誰が 何に お経を唱えると、なぜ、どのような効果があり、どうなるのかを知りたいです。

出来れば、密教(真言宗か天台宗)の方のお話と、日蓮宗の方のお話が聞けると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。



Name: 一求道者五十四歳
Date: 2018/12/18(火) 01:37   No:5629
  引用  編集 
Title: Re:お経を唱えるとどうなるのでしょうか?    
まず、お経とは何か? といいますと、
これはブッダの教え(言葉)やその生涯についての物語などからくる教訓などが綴られたものを意味します。
本来的には、我々のような普通の人間がブッダのように成るための教えとその修行の在り方を説いたものであり、
日々、これを読誦することで内容を記憶して理解しようとします。そして、また文字化する以前から相手に聞かせることによって伝承してきたのが、
今日まで続けられている読経の習慣となっているのです。ということで、読経の習慣は修行の一環としても扱われてきたものであり、
真摯な姿勢による読経というのは佛様(ブッダ)も大変、喜ばれる行為なのです。

読経の行為そのものは何処でやっても同じなのですが、
これを開眼仏の御前で行うことでその開眼仏と直接的に繋がることになり、より一層その御加護にあずかることができるということ。
ですから、その祀られている対象が実際に開眼されているかどうかということ? 
あとはその開眼力の強弱と尊格の種類(神仏の種類)の違いです。

ポイントとしては、
 1. 確実な“開眼”は密教に勝るものはない
 2. 基本的な開眼仏の力の強弱は、「寺院本尊」→「家庭の開眼仏」→「祈祷済の御札」の順です。
 3. 一概には言えませんが、まったく同じ尊格で同等の開眼仏の場合には、「仏像」→「仏画」が基本的な格順です。
 4. 「位牌」は故人との通信機のようなものであり、故人にとっての窓口です。
  これは開眼仏の傍で一緒に祀ることで故人にとっての安らぎの場となります。
  また読経というのは、本来的には死者のためのものではありませんが、
  故人やご先祖さまに対しては「私たちと共に仏道を歩んでいきましょう!」との想いで、
  故人の修行が更に進まれるよう仏様にそのご指導と御加護をお祈りします。
 5. 通常のお墓には、開眼仏が一緒にお祀りされていないことが殆どです。
  残念ながら、開眼仏の無い空間での死者供養のための読経は素人にはあまりお薦めはできません。
 6. 密教僧による読経と我々、素人の読経とでは加持力において明確な違いがありますが、
  私たち素人による真摯な読経も仏様はとても喜ばれています。

私は、真言宗信者でありますが、すべては個人的な見解です。
あくまでもご参考までに


Name: 天台沙門
Date: 2018/12/19(水) 12:28   No:5630
  引用  編集 
Title: Re:お経を唱えるとどうなるのでしょうか?    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

Qzero:お経を唱えるとどうなるのでしょうか?
Azero:読経をするということ以外のものごとにわずらわされずにすみます。

叡山で修業を始めたときに、
 (1)経本を見ろ
 (2)音読しろ
 (3)自分の声を仏さんの声だとおもって聴け
と、習いました。これは心理学的には
 (1)視覚の制限
 (2)聴覚の制限
 (3)意識対象の固定化
によって感覚遮断を導く手段と理解できます。この感覚遮断によって緊張をともなわない精神集中をもたらすことが読経の目的と考えてよいでしょう。



以下、個別に。

Q1:読経の主体と対象による相違
A1:
読経という行為に一定の修業価値をみいだす以上、僧侶であるか在俗であるかの差別はありません。それが大乗仏教という考え方ですから。
また、祈りの対象が「神仏」と呼び習わされる救済の主体である以上、実践面の祈りの対象が御札であろうが仏像仏画であろうが物体としての存在がなかろうが価値は変わりません。神仏そのものは不可知でありますから。

Q2:僧侶の存在意義(お坊さんの意味がないような?)
A2:
唱題行(=お題目)は自分自身のための修業である、という観点から僧侶でも俗人でも「誰があげても同じだよ」という意味です。これは称名念仏(=お念仏)や座禅止観と密教修法であっても同様です。
ただし、正しい修業を実践するためには、経験的に確立された修行方法の専門知識をもった僧侶の指導をえるべきです。

Q3:俗人の修行意義(一般の人が唱えても意味がないのでは?)
A3:
前項は「自利行」という観点で理解すべき問題でしたが、こちらは「利他行」という観点で理解すべき問題です。
つまりは「他者の修行を応援することで自分の修行に代えよう」という(施主さん側の)考え方と「これは自分だけの修行ではなく自分以外の誰かのための修行である」という(僧侶側の)考え方を表裏一体にしての「お坊さんは仏様との橋渡しだよ」という意味です。

Q4:誰が何にお経を唱えると、なぜ、どのような効果があり、どうなるのか
A4:
本来ならば「自分が自分に対してお経を唱えることは、お経に書いてある思考・思想を知ることであり、日々の修行の実践との相互作用で仏教というものを体感的に理解できるという効果があり、自分の仏道修行の役にたつ」ということになります。
現実的には、冒頭に述べたとおり(意識されることは少ないですが)感覚遮断の簡単かつ安全な修行方法という側面は重要視されています。しかし、白文の素読では文章の意味が理解できずとも日本語訳の知識と漢字の自面から(日々日々の読経によって)経典の内容の再確認を継続することは可能でしょう。



以下、余談です。

法然さんは「念仏の功徳はなにか?」と問われたとき「念仏している間は悪事をせずにすむことだ」と答えたそうです。また河合隼夫が「華厳経を読んでいると眠くなる」と催眠効果が意図的なものではないかとの感想を述べています。

以上、ご参考までに。


Name: 迷走者
Date: 2018/12/20(木) 23:48   No:5631
  引用  編集 
Title: Re:お経を唱えるとどうなるのでしょうか?    
一求道者五十四歳様、早々にコメントありがとうございます。
私と同じく一般の信者さんなのに色々ご存知で凄いです!
前世はお坊さんでは?

天台沙門様、お坊さんからのコメントありがとうございます。
質問に丁寧にお答えいただき本当に嬉しく思います。
とても勉強になりました。


Name: 迷走者
Date: 2018/12/20(木) 23:50   No:5632
  引用  編集 
Title: Re:お経を唱えるとどうなるのでしょうか?    
真言宗のお坊さんで、この掲示板をご覧になっておられる方はいらっしゃいますか?

もしよろしければ、真言宗のお坊さんのご意見もお伺いしたいので、差し支えない範囲で結構ですので、ご回答の方よろしくお願いいたします。


Name: 在家
Date: 2019/01/02(水) 07:24   No:5633
  引用  編集 
Title: Re:お経を唱えるとどうなるのでしょうか?    
残念ながら真言宗のお坊さんではありません。
宗派は関係ないでしょう。人によって感じ方が違うだけです。
あなたの迷いは仏様は自分の外側にいるのか?仏画や仏像に仏様がいるのか?功徳は外側からやってくるのか?という疑問に尽きるように思います。

すべては自分の内側(心の奥)にあり、内側からやってきます。
だから読経は自分自身にしか意味がありません。
お坊さんと一般人の区別で違うはずはないし、仏前や寺院で読経するのは自分の真剣さが違うだけです。
私が読経に感じる意味は「瞑想である」ということです。
これ以上人の意見を収集するより、自分がどう感じるかを大切にされたらよいと思います。


Name: 迷走者
Date: 2019/01/06(日) 23:29   No:5634
  引用  編集 
Title: Re:お経を唱えるとどうなるのでしょうか?    
在家様、コメントありがとうございます。
また、返事が遅くなりまして申し訳ございません。

「すべては自分の内側(心の奥)にあり、内側からやってきます。」
という在家様のコメントのように考えたことがありませんでした。新たな視点に気付かせていただきありがとうございました。




Name: 増田
Date: 2018/10/17(水) 13:49   No:5626
  返信  引用  編集 
Title: 塔婆へ何と書けばよいか    
お世話になります。
高野山へお参りの際、水向けの先祖供養をお願いしたいのですが、
当家の親戚すべての供養をお願いするのに、○○家と一つづつ書いていただいては数もかなりあり、金額も莫大になりますため、
「親戚一同の霊」に代わる適切な書き文句はあるのでしょうか?



Name: 一求道者五十四歳
Date: 2018/10/26(金) 02:34   No:5627
  引用  編集 
Title: Re:塔婆へ何と書けばよいか    
自分の先祖というのは父方か母方の二つだけですから、
普通に父方だけという場合には「○○家先祖代々精霊」とするだけで、
“この中に父方の先祖がすべて含まれる”という意味合いだと思います。
だから、先祖の位牌も一つで済むわけです。
(詳しい方からの補足があれば、宜しくお願いします)




Name: taka
Date: 2018/07/17(火) 19:35   No:5609
  返信  引用  編集 
Title: お寺を変えたいです。    
私の実家で最近不幸が続き、入っているお寺さんに
葬儀、四十九日、お盆の法要をお願いしました。

まず気になったのは、葬儀の際にお布施をお渡しした際に
中身を目の前で確認された際に露骨に不満を述べられました。
「金額はどのように決めたのか」「私に相談してほしかった」
といわれました。
翌年、祖母が亡くなり同じ住職の方に御願いし、お布施をお渡し
した際は、中身を見る前に「中身を見ますが、金額は大丈夫ですか」
というようなことを言われました。

数年前に私の妻の祖父が亡くなられ、別のお寺に入っているので
そこの住職さんにお世話になった時、お経を読まれた後に
とてもありがたいお話しをしてくださったりとても素晴らしい
対応をしてくださり、私の入っているお寺の住職さんは一切
そのような事は無く、こうも違うものかと正直幻滅しております。

ここ数年でお寺を建て替えられどんどん豪華になっていくお寺を
見ると本当にこのお寺でこの先が心配になります。

このような事をどこに相談していいかわからず場違いでしたら
すみません。

今後お寺を変えることが出来たらと思うのですが
私の考えは間違っているでしょうか。



Name: 大観
Date: 2018/07/18(水) 09:59   No:5610
  引用  編集 
Title: Re:お寺を変えたいです。    
お寺を変えることは可能です。
まずは菩提寺の住職に檀家から抜けたいことを話すことになります。
そこで住職から言われるのは、離壇料を請求されると思います。
今までの経緯から察するに、高額な離壇料を請求されるかもしれません。
お墓が境内にある場合は、お骨を取り出し墓石を撤去し、更地にすることなります。


Name: ちょう
Date: 2018/09/01(土) 13:46   No:5617
  引用  編集 
Title: Re:お寺を変えたいです。    
お寺とは本来お檀家様皆様のものですので、
護持するお寺を変えたいということは、悪いことではないでしょう。


Name: 在家
Date: 2018/09/08(土) 07:58   No:5621
  引用  編集 
Title: Re:お寺を変えたいです。    
あなたの実家は何代そのお寺に関わってきましたか?
それは百何十年ですか?
あなたが気分を害したのは葬式の一時ではありませんか?
あなたは一時の気分で先祖が積み上げてきた気持ちを全部変えるつもりですか?それはまあいいとしましょう。

標準的に墓地が境内にあるとして、お寺を変えるのにどれくらい費用がかかると思いますか?
主なものは離檀料、墓撤去費用、新たな墓地の永代使用料、墓石設置費用。普通に考えても百万円単位ですよ。
それがあなたの一時の感情に支払う代金です。
それがあなたが一生に何度あるかわからない葬式をケチる代償です。

お寺さんの生活収入は檀家から入るお金だけです。
昔は土地収入がありましたけどね。
表立って請求はしませんが相場がありますから、気分を害したくなければ最寄りの葬儀場とか葬儀社に聞いて、妥当な金額を包むことです。
お寺を変えるなどお坊さんに聞いてまともな返事があるわけないですよ。ほくそ笑んで「どうぞどうぞ」というだけです。


Name: 一求道者五十四歳
Date: 2018/09/09(日) 07:59   No:5622
  引用  編集 
Title: Re:お寺を変えたいです。    
そんな愚かで失礼な馬鹿僧侶になんか律儀を感じる必要はない。
墓撤去費用などの必要分は当然かかりますが、「離檀料」なども法的に支払いの義務などいうのは完全にゼロですから。
ただ人間の心情として、これまでのお付き合いの御礼などを含めて“お気持ち程度”
(せいぜい数万〜十万程度で十分)を包めばそれでいいことです。
中には、何十万〜数百万を請求してくる寺院もあるらしいが、
そんなことはトンデモない悪質金取り生臭坊主らのすることです。
もしも、それらの問題が生じた場合には、遠慮なく宗派の本山へと事態を通報して、弁護士にも相談すべきです。
日本仏教の改善のためにも、絶対に泣き寝入りなどしてはダメです。


Name: taka
Date: 2018/09/09(日) 08:26   No:5623
  引用  編集 
Title: Re:お寺を変えたいです。    
皆様回答いただきありがとうございます。私の祖母からお世話になっているお寺なのですが、息子先生に代替えしてから相談した内容のことがどうやら多々あるようで他にも檀家を抜けられた方が多いようでした。
私も書いたように大事にされていないと感じておりますが、正直諦めておりました。住職様も人間です。生活していき家族を養わなければいけないのはわかっておりますか、子のような方々がいると仏教とはずいぶん都合のいいものなんだなと思っております。
皆様有難うございます。


Name: 一求道者五十四歳
Date: 2018/09/09(日) 08:41   No:5624
  引用  編集 
Title: Re:No:5623    
>住職様も人間です。生活していき家族を養わなければいけないのはわかっておりますか、
>子のような方々がいると仏教とはずいぶん都合のいいものなんだなと思っております。

日本の檀家制度としては確かに実情は、
僧侶の家族ごとを檀家総手で分担して養うような形になるわけですが、
しかし、そもそも僧侶の家族を養う目的で檀家になる人などはまずいないでしょう。
そこは心からの布施と助け合いということで、その互いの理解の上で成り立っている筈です。
“布施をいくら以上は頂く”などということを当たり前のものと思っている勘違い僧侶なんかの言いなりになることはない。
布施の金額はこちらが決めるものですから。僧侶が当然の顔をして自ら決めるようなものではない。
そういう僧侶をそのままにしてては、決して日本仏教のためにはならない。


Name: 在家
Date: 2018/09/10(月) 13:33   No:5625
  引用  編集 
Title: Re:No:5623    
ものごとを判断するときは、今刹那、自分さえではなく、長い目で、いろんな人の立場で考えると正しい判断ができます。
刹那の感情でお寺を変えて、変えたお寺で気分を害したらまたお寺を変えますか?
あなたの代で何回?次の代で何回?それも「ほかに抜けた檀家があるから自分も」という理由で。

ご先祖様が何代も守ってきた墓ですよ。
ご先祖様のこともお寺さんのことも、いろんな人の立場で考えれば妥当な答えが出てくるというものです。
世の中にはいろんな人がいて、いろんなお寺さんもいて、代が変われば人も変わります。
ここであなたの器が試されているとは思いませんか?





 
NEXT >>  [ 1 , 2 , 3 , 4 , 5 , 6 , 7 , 8 , 9 , ... ]
 
 
削除・編集   管理者画面   RSS   + Powered By 21style +