お寺ネット 仏事相談室(無料)です。先祖供養・水子供養・人形供養・ペット供養・ご祈願や永代供養墓・葬儀・戒名など仏事に関する相談掲示板です。

お寺ネットtop | かけこみ相談室へ仏事の相談室ツルとも和尚のお手伝い


  <<   新規投稿   トピック表示   ツリー表示   携帯用   検索/過去ログ   ホーム  
 
   観音経   
     ・[5724] 通りすがり 
     ・[5737] 琉球神人 
   実家の仏壇について  ....   
     ・[5696] 尊明 
     ・[5736] 琉球神人 
   水子供養と子授け不動 ....   
     ・[5735] 想空 
   初七日の法要は、亡く ....   
     ・[5733] 尊明 
   戒名のもらい直しは可 ....   
     ・[5731] 尊明 
   掛け軸(御神体)の御 ....   
     ・[5726] 尊明 
     ・[5727] わだ 
     ・[5728] 一求道者 
   借金して お施餓鬼料 ....   
     ・[5710] 匿名希望 
     ・[5711] 一求道者 
     ・[5712] 匿名希望 
     ・[5722] 沙羅 
   善い行いを積むことで ....   
     ・[5721] 一求道者 
   法相宗を勉強したい。   
     ・[5718] 天台沙門 
   神社とお寺の御札の保 ....   
     ・[5715] 一求道者 
     ・[5716] 匿名 

Name: ゆき
Date: 2022/03/11(金) 21:21   No:5723
  返信  引用  編集 
Title: 観音経    
観音経の念念勿生疑の意味を教えていただけないでしょうか。
いろんな本を読みましたがあまり詳しく載っていません。
どうかよろしくお願い致します。



Name: 通りすがり
Date: 2022/03/11(金) 21:47   No:5724
  引用  編集 
Title: Re:観音経    
観音経を愛好している者です。
ゆめゆめ疑うこと無かれ、毛の先ほども疑うな、といった意味合いですね。

目の前に林檎があるとします。「ここにあるのは林檎だろうか?」と疑う人はいませんよね。明らかに目の前にあるのは林檎ですので、疑うという考えすら起こらないはずです。
それと同じです。観音様について疑いを抱くという発想すらない、そういう状態を指します。

「ゆめゆめ疑ってはいけない」となると、まるで禁止するかのような文ではありますが、私の場合、何度もお経を読んでいて、「全くもって何一つ疑う必要などないのだから、安心して任せなさい」といったニュアンスで教えを受け取っています。


Name: 琉球神人
Date: 2022/11/22(火) 00:40   No:5737
  引用  編集 
Title: Re:観音経    
『観音様は常に尊い・敬い・仰ぎ見るべきである。』
それが、意味です。




Name: 匿名
Date: 2021/04/14(水) 03:09   No:5694
  返信  引用  編集 
Title: 実家の仏壇について 悩んでいます    
はじめまして。
実家の仏壇の件でご相談させていただきます。

父亡き後、実家には83歳の母が一人暮らしをしているのですが、元々心臓の持病があり、数年前に肺炎と軽い脳梗塞を患いました。脚も悪く歩行が困難です。

姉と私はそれぞれ長男へ嫁ぎ、自宅には婚家の仏壇があります。
姉は県外在住。私は実家から15分程度の距離に持ち家をし、仕事の帰りにほぼ毎日実家へ行き、何かとサポートしております。

日々仏壇にお花やお供物を供えたり手を合わせているのは母ですが、お盆やお彼岸・祥月命日のお墓参り・仏壇へのお供物の用意は母に頼まれ、私が行っています。

お盆と年忌法要の時だけ、お坊さんが来てお経を上げて下さいますが、もう母だけでは対応が困難なので、必ず私が同席するようにしていました。

今まではそのような形で何とか供養ができていたのですが、最近母の体調が更に悪化し寝込む事が多くなりました。
それだけでなく、嫁ぎ先の両親(93歳・85歳)も体調を崩し、嫁の私がそちらに力を注がなくてはならない状況になりました。

夫は単身赴任中・私の姉も夫の姉もコロナ禍で帰省できず、私1人だけで3人の親をサポートしなくてはなりません。

お盆や年忌法要にお坊さんがおいで下さったとしても、その時間に私が必ず同席できるかどうか確約できず、母の体調が良いか悪いかは、その日になってみないと分からないところです。
つまり、予定が見通せないのです。

本心を申せば、仏壇へのお経はご遠慮させていただきたいところですが、どのような伝え方をしたらよいでしょうか?

また、このようなケースでは、他にどのような御供養ができるでしょうか?(仏壇へのお花やお供物をお供えする事とお墓参りは、これまでどおり続けるつもりです)



Name: 尊明 [URL]
Date: 2021/04/20(火) 10:39   No:5696
  引用  編集 
Title: Re:実家の仏壇について 悩んでいます    
本心を申せば、仏壇へのお経はご遠慮させていただきたいところですが、どのような伝え方をしたらよいでしょうか?


また、このようなケースでは、他にどのような御供養ができるでしょうか?(仏壇へのお花やお供物をお供えする事とお墓参りは、これまでどおり続けるつもりです)


まずは、あれこれ悩むよりも、
お寺様にご相談してみてください。

仏壇へのお経は、お断りしても、お墓や檀家をやめるわけではないかと存じます。

仏壇への法要も、コロナ禍の影響で、難しくなっているのが現状です。

お寺は、檀家様のものです。お寺をみんなで支えているのですね。

どうしてもできなくなった場合は、墓じまい・仏壇じまい・寺じまいが必要となってきます。


Name: 琉球神人
Date: 2022/11/20(日) 15:58   No:5736
  引用  編集 
Title: Re:実家の仏壇について 悩んでいます    
 夫の仏壇を継ぐ気はありますか?あるなら、母に『仏壇は私が継ぐから安心して。』とお伝え下さい。
次に和尚様を呼び『後継ぎ』のお経を読んでもらって下さい『後継ぎ式』。
 これは神人としての発言です。私が言わなくても和尚様が言うでしょう。『⚪⚪(母)は、こんなに祈りをしたので、死んでも浄土に行けるでしょう。』(母の前で言ってはいけません。)
 後は、『後継ぎ式』で呼んだ和尚様の指示に従って下さい。




Name: ももん
Date: 2022/10/30(日) 21:10   No:5734
  返信  引用  編集 
Title: 水子供養と子授け不動明王札について    
どこに相談すれば良いか分からず、こちらに投稿させて頂きました。
私は3年前に水子がおります。その際、寺で供養かつ水子位牌を作り、仏壇を買って阿弥陀如来様と一緒に置いています。毎日蝋燭とお線香は欠かさず、月命日にはお供えをしています。ただ、3年経った今、妊活を始めましたがなかなか授からず、とうとう不妊治療をすることになりました。
妊活を初めてすぐに京都にある強力な青不動明王様の子授け札を頂きました。
そこでご相談です。不動明王のお札は仏壇に飾るのが基本とありますが、水子位牌も仏壇に有ります。ずっと一緒に置いているので、もしかしたら水子が邪魔して授からないようにしているのでは、、と思うようになりました。
この場合、お札の置き場所は合っているのでしょうか。
アドバイスをいただきたいです。



Name: 想空
Date: 2022/11/02(水) 20:35   No:5735
  引用  編集 
Title: Re:水子供養と子授け不動明王札について    
水子供養をちゃんとされているのであれば、邪魔をすることはありません。

きっと、応援して下さっています。

青不動様を信じて、お祈りください。

お札の置き方などは、青不動様にお問い合わせくださいね。
 




Name: 因果応報
Date: 2022/10/19(水) 19:29   No:5732
  返信  引用  編集 
Title: 初七日の法要は、亡くなった日をどうカウントするか    
身内が、火曜日の未明に亡くなりました。

葬儀会社と打ち合わせで、来週火曜日に葬儀と初七日の法要をすることになりました。
さて、葬儀まで1週間もかかるのですが、問題は火曜日で「初七日」の法要に意味あるのかということです。

亡くなった火曜を0日と考えるとちょうど火曜日で7日目ですが、亡くなった日を1日目と考えると8日目になってしまいます。



はたして、それでもいいのでしょうか。



Name: 尊明 [URL]
Date: 2022/10/22(土) 11:08   No:5733
  引用  編集 
Title: Re:初七日の法要は、亡くなった日をどうカウントするか    
この度は、ご愁傷さまでございました。速やかに御仏の御もとに導かれ霊安かれとご冥福を心より心よりお祈り申し上げます。

10月18日火曜日にお亡くなりになったのであれば
10月24日月曜日が初七日になります。
亡くなった日を一日目と考えます。

お住まいに地域がわかりませんが、火葬場の関係からどうしてもこのような事が起きるケースもございます。

都会の火葬場は、とても込み合っており、1週間が普通にすら感じます。今までの風習と現代の事情がずれてきており、致し方ない面もあると存じます

葬儀の前に初七日を行うのもおかしなことです。




Name: あちょー
Date: 2022/08/22(月) 03:19   No:5730
  返信  引用  編集 
Title: 戒名のもらい直しは可能か、またそれは意味のあることか    
父が亡くなったのは49年前。
その時、父の義兄が気を回して、田舎の先祖の菩提寺(浄土真宗)から法名をもらってきました(なぜか浄土真宗なのに位牌で)

しかし、父は生前からその寺の墓に入る気はなく、地元の曹洞宗のお寺と付き合っていました。

その後、無宗派霊園の永代使用で父の墓をたてましたが、現場でお経を上げてもらったのも、その曹洞宗の住職に来ていただいたのです。

ただし、浄土真宗の法名がある関係で、そのお寺ではうちは「檀家」扱いにはしてもらっていませんでした。

つまり、浄土真宗と曹洞宗の2宗派の寺の二股のお付き合いになっていたのです。


それで、今年はまもなく50回忌です。

【質問】
もっとはやくすべきでしたが、まずは田舎の寺に位牌はお返しして、父についてはお世話になるのはその曹洞宗のお寺で統一したいのですが、50回忌を迎えるのに、新たに戒名をもらう意味はあるでしょうか。
50回忌といえば、「その他大勢ご先祖」への入り口ですよね。
ただ、今後もお盆やお彼岸はお寺にお参りぐらいはすると思いますので、お付き合い料ということで、戒名を買ってもいいのではないか、と思っています。



Name: 尊明 [URL]
Date: 2022/08/22(月) 12:18   No:5731
  引用  編集 
Title: Re:戒名のもらい直しは可能か、またそれは意味のあることか    
まず、その曹洞宗のお寺様に相談されるといいでしょう?

その曹洞宗のお寺の檀家になれば、どのようにご供養してくださるか?そのご住職の考えにもよります。

お寺によって、法要の考え方も違いますので、こちらで回答した内容がそのまま、その曹洞宗のご住職にあてはまるものではないと存じます。

曹洞宗のそのお寺様に率直にご相談されることをおすすめいたします。必ずやよい方向にお導きいただけることと存じます。合掌




Name: わだ
Date: 2022/07/16(土) 09:00   No:5725
  返信  引用  編集 
Title: 掛け軸(御神体)の御供養    
はじめまして。
東北に住む主婦です。
先祖が遺した掛け軸のことでご相談します。
父の祖父が、戦前毎夜夢を見て御信託を受け、神社を建立したそうです。
その神社は戦後消失してしまいましたが、御神体と言われた掛け軸が残っていました。
地元の小さな公民館にそのまま掛けられています・・・。
私も拝見しましたが、三宝荒神様のように思われます。
掛け軸自体、100年は経っているのではないでしょうか。
戦後没落した旧地主の次男だった父は早くに実家を出ていますし
直系家族たちは信仰心はほぼ皆無です。
神棚仏壇はほこりをかぶっており、ましてや先祖が遺した掛け軸など???の状態です。
この掛け軸の御供養をしてキレイに修繕していただきたい、
こうしたことは誰にどうやってお願いできるのか、
またあまりに高額でも対応できず
こちらに相談させていただきました。
スマホで写真など、恐れおおく、できませんが
3面で手が6本くらいあった記憶があり
さまざまな仏像を調べ、荒神様ではないかと思いました。
どうぞよろしくお願いいたします。



Name: 尊明 [URL]
Date: 2022/07/22(金) 01:55   No:5726
  引用  編集 
Title: Re:掛け軸(御神体)の御供養    
さて、やる事は一つではありませんか?

公民館へいって、お花やお供え物をして、掛け軸まわりをきれいに掃除して手を合わせて来る

修繕だとか何の仏様なのか?とかは、もっと後の話です。

あなたにきっと託されたことでしょうから、今できることを一つずつ始めて行ってください。


Name: わだ
Date: 2022/07/22(金) 06:21   No:5727
  引用  編集 
Title: ありがとうございます    
お返事をありがとうございます。
おっしゃる通りでございます。
心から感謝いたします。


Name: 一求道者
Date: 2022/07/23(土) 17:43   No:5728
  引用  編集 
Title: Re: 掛け軸(御神体)の御供養    
ご供養&清掃されて、
そして、落ち着きました後に〜

もしも、掛軸の表装修繕を行うことになりましたら、
例えばこちらの『詠智会』などが親切に相談に乗ってくれるものと思います。
自分も個人的な依頼で特別仕様を注文して素晴らしい掛軸を戴いたりしました。
https://www.eitikai.co.jp/hyakukannnonntokutyuu.html
仏表装・お遍路用品のお店『表装の詠智会』

尚、当然のことながら、
修繕前には必ず“発遣作法(魂抜き)が必須”です。
どこか然るべき密教寺院(真言宗など)で対応してもらいましょう。
掛軸が新しく蘇りましたら、
必要であれば“開眼供養”によって御霊を入魂します。
その際、元々この掛軸におられた神格の御当人そのものに
再び戻って来てもらう(つまり、同姓同名の別人ではなく御本人を)、ということも可能かと思いますので、
その辺りについても僧侶からの説明と確認を受けて下さい。

ご健闘をお祈りします。


合掌




Name: 匿名希望
Date: 2021/07/22(木) 16:33   No:5709
  返信  引用  編集 
Title: 借金して お施餓鬼料を 払いました。    
生活費が底をついて 預貯金もなく 本当に 苦しいです。ご先祖様の事は 何とか頑張ってできる事を したいと 思います。それでも 今、明日の食べるモノを買えない中で お施餓鬼料は どうにもならず あちこちで 借金して今回は支払いました。檀家を 辞めるには 墓じまいを しなくてはならないとの事ですが 墓じまいは ものすごく大金が 必要なので 八方塞がりです。貧困世帯の檀家の救済措置は ないものかと必死に探してみましたが どこにも ありません。本当に ご先祖様は 子孫が 供養で 苦しむ姿を見たいでしょうか?菩提寺の僧侶は 聞く耳を 全く持ってくれません。何としても 檀家の務めを果たすべしとのお考えです。貧困世帯の檀家は どこへ 相談したらいいのでしょうか。


Name: 匿名希望
Date: 2021/07/23(金) 23:12   No:5710
  引用  編集 
Title: Re:借金して お施餓鬼料を 払いました。    
もう無理したり、我慢したり そういう事は やめようと思います。どんなに頑張っても 無理なものは 無理、出来ない事は 出来ないので 墓じまいも お寺との お付き合いも いくら お布施を 払うように 言われても 借金してまで 払うのは おかしいです。令和の 多様性の時代に みんな一律に 同じようになんて やめます。お寺さんに お布施を 払わなくても 自分の心の中で 日々 ご先祖様に 感謝の気持ちを 持ち続ければ いいと信じようと 思います。この場を お借りして 自問自答させて頂きました。ありがとうございました。 

Name: 一求道者
Date: 2021/07/24(土) 14:55   No:5711
  引用  編集 
Title: Re:借金して お施餓鬼料を 払いました。    
檀家を辞める際には離檀料をお渡しすることが一般的なマナーとなっています。
が、しかし、それはこれまでお世話になったことに対する檀家側からの感謝の意味合いなのであって、
寺院側から、「では、○○万円をこちらによこしなさい(それができなければ認めないよ!)」
などと言われる筋はありません。

相場は、3万〜20万円くらいのようですが、
離檀料とてそれも単なるお布施に過ぎないのであって、
その金額も檀家の気持ちでまったくの自由でいいのです。
中には、数百万といったトンデモない高額離檀料を請求してくる僧侶もいるらしいとのこと。
しかし、法的にも絶対に納めなければならない義務などないことは判明しており、
訴えれば檀家側が、まず100%で勝訴します。

基本、人々の心を救うのが僧侶の筈です。
その逆に人々の生活を苦しめるようではその資格はありません。
そのような僧侶は、自分の未熟と愚かさをよくよく自覚の上、
猛省をして袈裟は自ら脱ぐべきです。
手遅れとならないよう速やかに...。


Name: 匿名希望
Date: 2021/07/24(土) 16:04   No:5712
  引用  編集 
Title: 一求道者様    
ありがとうございます。今、全財産300円です。サマージャンボ宝くじを1枚買って高額当選したら お寺に 払えるだけ払って お世話になりましたと 檀家を やめたいです。現状維持しかないのが 悔しくて辛いですが 前を向いて出来る事を やっていこうと 思います。

Name: 沙羅
Date: 2022/02/21(月) 17:58   No:5722
  引用  編集 
Title: Re:一求道者様    
生活が厳しいのは大変なことと存じます。そのことに対しお寺も理解をするべきだと思います。例えばお金が貯まってから払うとか。ただ、全財産が300円でそれで宝くじを買うとか、そもそもどうして生活苦に陥ったのでしょうか。周りの非難をする事は簡単です。
お寺への供養はお気持ちで本来は良いはずですが、檀家である以上それまで先祖代々そのお寺にお世話になってきたはずで、それを無碍にする事は先祖への冒涜となるでしょう。
また裁判と言うお話もありますが裁判を起こすには初期費用が必要です。割に合わないしお墓を更地にして返す事はかなりの費用がかかりそれはあなたの義務で逃れられません。 
ご自身の生活をまず安定させるために必要な支援を行政で受けるべきです。供養等はご自身の生活がまずできてからの話ですね




Name: 引き寄せの法則
Date: 2022/02/11(金) 13:06   No:5720
  返信  引用  編集 
Title: 善い行いを積むことで幸運が起こる?    
 よくスピリチュアルや自己啓発本などで、人に親切にしたり善い行いをしたりすると幸運な出来事が引き寄せられると書いてあるものが多いです。
 これって本当でしょうか?
 善人だと世間で言われてた人がニュースになるような事件に巻き込まれたり、パワハラで何人も傷付けてきた人物が、大出世して会社の重要ポストに就いたりしている人を何十人と見てきましたが、これはどう説明がつくのでしょうか?
 良いことをしても幸福になれるとは限らないし、悪いことをしまくったとしても不幸な出来事は起こるとも限らない。これが人生の真実ではないかと思っています。
  私は会社で善人でもないですが、人を落とし込めようといじめたりもしませんが、逆にトラウマになるほどいじめられたことがあります。



Name: 一求道者
Date: 2022/02/12(土) 12:39   No:5721
  引用  編集 
Title: Re:善い行いを積むことで幸運が起こる?    
貴方の理解は基本的には間違っていないと思います。
世の中と人生というのは一見すると、まさにそのような理不尽だらけの状態にあるのです。

尚、仏陀の説かれた因果の法則(縁起の法)というのは、
猛勉強して合格に達する実力を身に着けたからその通りに合格したとか、
路上で困っている人を援けたら御礼に何々を頂いた...というような、誰にでもわかりきったことではなくて、
生まれついて自分の意志ではどうにもならない諸条件
(肉体の状態や出生した家系と場所など...)を決定づけたのは、
すべて前世における業(自分の行為の結果としての総決算)によるものであって、
それは何一つ、偶然によるものではないということ。
また当然、今生におけるすべての行為の結果は、
死後において総決算されて次の行き先(生まれつく諸条件)が決定するのだということです。
つまり、生まれ先を決定づけるのが業の働きだということであり、
人間は必ず六道(本来は五道)のいずれかの世界をグルグルと輪廻して生まれ変わりを続けているというもの。
なのでまた、いつ再び地獄餓鬼畜生の恐ろしい世界で生きなければならないかもしれないというのが人間です。
この六道の輪廻から完全永久に脱する方法を説いたものが仏教なのです。
また実は、人生において不合理な事件に巻き込まれることすらも前世の業による場合ということも在り得ます...。

“そんなことは信じられない”という人も大勢いるかもしれませんが、
しかし、これらが本来、仏陀が説かれた実際の教えであり、
これこそが仏教の最も中核をなす重要部分であることについては、
この私は、いくらでも経典の聖句を取り上げていつでも提示することができます。

ただ近年は、この仏教の基本中の基本すらも信じないという愚かな生臭坊主たちが増え続けているのが実情です。
仏陀は、ご自身の大いなる超常的な能力によってそのことを実体験し、
すべて確認した上でこの教えを説かれたのですが、
それを後代の作り話だといって嘲笑するアホ僧侶たちがゴロゴロといるのがこの日本仏教界の実態です。
また、今の日本僧侶たちは、聴衆からそのことを「証明しろ」と言われたり、
「それは差別思想だろ!!」などと(生まれの違いを自業自得とみなすことに対して)
批難されることを避けるべく殆どこのことを説かなくなりました...。
なので、説法(法話)の話というのは日本人受けがいい先祖供養の話ばかり
(仏教の中心的話ではないにも関わらず)となりました。

>よくスピリチュアルや自己啓発本などで、
>人に親切にしたり善い行いをしたりすると幸運な出来事が引き寄せられると書いてあるものが多いです。

単純にコレコレと結びつけることは難しいと思います。
が、しかし、あながちまったくのデタラメということにもならないというのは、
高次の存在(肉体を持たない)というのは自分よりも下位の存在を援けようという意識があるからです。
その場合には、努力して生きる善意の者とそうではない者とでは、当然、その違いがあるでしょう。
また、仏教には「真実語」という教えがあります。
つまり、“真実の言葉”には力(事を成し遂げる不可視の神秘力)があるというものです。
たとえば、読経によって神秘力が生じるという思想も実にそこから来ています。
経文というのは、諸仏によって真実(森羅万象についての真如実相)
そのものを説かれた言葉だとされているからです。

最後として、
たとえ誰も視ていず誰からも評価されなくても、
自分の努力と善にもとづいた行為の結果は必ず死後にその果報があるということ。
そのことを信じて地道に邁進してまいりましょう。




Name: 鈴木
Date: 2021/12/01(水) 18:16   No:5717
  返信  引用  編集 
Title: 法相宗を勉強したい。    

はじめまして。
突然ですがお尋ねします。法相宗のお坊様か詳しい方であれば、嬉しいですが、他宗の方でもいいのでご回答ください。よろしくお願いします。

まず私は、浄土真宗や真言宗のように念仏、あるいは護摩のように宗教的な面を持つ宗派より、法相宗のようにかつて学問と呼ばれた南都六宗のような宗派に大変興味を持ちました。

法相宗を勉強したいのですが、学習を提供してくれる機関あるいは組織はあるのでしょうか?
またはどのように勉強したらいいか、参考となる本など教えていただけないでしょうか?

ご回答お願いします。



Name: 天台沙門
Date: 2021/12/14(火) 15:59   No:5718
  引用  編集 
Title: Re:法相宗を勉強したい。    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

法相を宗する寺院といえば奈良の興福寺さんですから、まずは興福寺さんのサイトなどから書籍や公開講座を調べることをお勧めします。

 ※

日本の仏教史における最も著名な論争として平安初期の「三一権実論争」というものがあります。これは法相宗の徳一と天台宗の最澄によるものです。
司馬遼太郎は「最澄は徳一との論争を通じて自らの思想を構築したといって過言ではない(意訳)」と評していますが、なので天台宗徒の感覚ではこの論争を追うことが法相宗/唯識学を知るには最適かと考えます。

 ※

現在もっとも入手しやすい文献は

師茂樹『最澄と徳一 〜仏教史上最大の対決』岩波新書(2021)

でしょうが、その他として

凝然大徳・鎌田茂雄訳注『八宗要綱 〜仏教を真によく知るための本』講談社学術文庫(1981)
……第4章が法相宗に関する部分

服部正明・上山春平『仏教の思想4 〜認識と超越〈唯識〉』角川文庫ソフィア(1997)
……唯識学に関する概説書

田村晃祐編『徳一論叢』国書刊行会(1986)
高橋富雄『徳一と最澄 〜もう一つの正統仏教』中公新書(1990)
高橋富雄『徳一菩薩 〜ひと おしえ がくもん』歴史春秋社(2000)
……三一権実論叢に関する文献

が私の手元にあります。

以上、ご参考までに。




Name: 匿名
Date: 2021/10/17(日) 09:49   No:5714
  返信  引用  編集 
Title: 神社とお寺の御札の保管方法    
私は主人と二人暮らしです。うちには、私が私の母からもらった、私と主人のぶんのお寺の御札(身体健全)と、私の厄除けの神社の御札があります。
さらに、昨日私は子授けのお寺に行き、お札をいただいてきました。
なので、現在3種類の御札があります。
子授けのお札はテーブルの上に、身体健全は同じ部屋のべつの飾り棚(低い位置にあります)に、厄除けは寝室のタンスの上に置いています。
今朝、子授けの御札にお水を置き、拝もうとしたところ、
主人から「いくつも御札があるのはよくない」と言われました。
先日は、身体健全と厄除けを隣同士に並べてるのを指摘されて置き直したばかりでした。
いただいたお札を捨てるわけにもいかず、主人からの指摘をうけて何か改善しようと思いましたが、思いつかず、主人も指示はしないので、このままでいいのか不安です。
また、「信仰してないものをおいても意味がない」といわれ、おそらく主人にとっては、わたしの母がくれた身体健全のお札は迷惑だったんだと気づきました。
今年結婚し、今までのように私だけの家ではないので、無頓着にお札をいただいてきたことに申し訳無さを感じてます。
来年からは、身体健全のお札は断るつもりです。
特に、神社はいくつか一緒に置けても、お寺は宗派が違うという部分が気になっています。お寺に行くときは、安易にお札をいただかないほうがいいような気がしています。
いまの3種類の御札の保管方法で、よくなる方法はありますでしょうか。
インターネットで調べると「御札は重ねてはいけないが並べて置いてかまわない」という記事もあれば「神社とお寺のお札を並べてはいけない」というものもあり、どれが正確な情報か悩みます。

追記
やはり少し考えが変わりました。母が私達を思って渡してくれた身体健全のお札を断ったら、母が悲しむ気がしました。
1,主人に内緒で、私が主人と自分の身体健全のお札を、普段見えないところに置いて保管するのは、あまりよくないでしょうか。
2,いくつも御札をおまつりするのが良くないのであれば、子授けのお札を返してきたいのですが、そのようにしてもいいのでしょうか。子授けのお札は、お寺でお経をあげていただく?かたちでしっかりお参りさせていただいたので、失礼な気もしますが…。
質問がおおくてすみません。よろしくお願いします。



Name: 一求道者
Date: 2021/10/25(月) 04:16   No:5715
  引用  編集 
Title: Re:神社とお寺の御札の保管方法    
待ってもなかなか僧侶からの回答がないので、
あくまでも私個人の理解として説明させて頂きます
(後程、僧侶やその他の方からのご意見やアドバイスがあった場合には、
それらも参考にした上でご自身でご判断ください)。

とにかく最終的には、
あなたのご主人が理解を示されるかどうかなのですが...。

 まず、基本的な考え方として、
 真実にして、大自然の創造神とか森羅万象を司るような神だとか、そしてまた、悟りを開かれた如来(仏ホトケ)や諸仏の化身といったような境地の存在であれば、「わたしの方が上位だからおまえは下がっていろ!」などと、“我こそは”と言って威張り散らすことなどはありません。もちろん、喧嘩をすることもありません(ただし、寺院で祀られている古代インド由来の天部の神々の中にはそういった傾向を持つ存在もいるので、この場合には寺院から扱い方の指示を受けて必ずそれに従う必要があります)。
 神道と仏教という二つの異なる宗教でありながら、実際、この日本においては寺院の敷地内に神社もあったし、神道の土地神が祀られたりもしました。その逆も同様で、神社の敷地内にも寺院は建てられ、神前にて読経も唱えられました。そのような神仏習合の時代が明治になるまで、実に千年以上も永い間続いてきたのがこの日本なのです。

 あとは、御札に対する仏教各派の見解と実際上の祀り方ということになります。
 日本の殆どの宗派では神社同様、大衆と信者を援けるべく心の拠りとなるように各御札の類を常に用意しています。それぞれの願意に応じた多種多様な種類があるので、もし必要であれば、別に幾つもの種類と枚数であっても何ら問題とはなりません。もちろん、別々の寺院と諸仏のものでも大丈夫です(大切に扱うのであればまったくの無問題です)。
 尚、例外として、浄土真宗では阿弥陀仏の絶対帰依とその救済を説くので、御札や祈祷に頼る必要はないものと見なしており、また、阿弥陀仏以外の諸仏にさえ気持ちが散見しないことを理想とします。まして、神社やその他の宗教の参拝はしませんし、当然、神棚も御札も祀りません。またその他として、宗派間の不仲としては日蓮宗は真言宗を良しとは見なしていないので、日蓮宗信者が真言宗に関わることは基本的に御法度です(当然、御札についてもです)。

 そして、お祀りする場所と神道仏教札の混合の扱いの是非についてです。
 これは人によって見解がまったく異なるので、どれが絶対に正しいとすることはなかなか難しいものがあります。
 まず、「仏教札はお仏壇に神道札は神棚へ」という見方がありますが、これだともちろん神仏混合の問題は生じないのですが、中には、「お仏壇は先祖供養の場所であってお願い事の場所ではない。従って、願意成就を目的とする御札を祀る場所としては相応しくない」という意見を説く僧侶なども実際にいます。しかしながら、お仏壇の中心というのは正しくはご先祖ではなく如来なのであって(だから、御位牌などは如来よりも下位の段にて祀られるのです)、ただ、その如来の御元でご先祖をお祀りすれば安らぎの場所としては最適という意味合いなのです。お仏壇の祀りの中心が如来であれば、当然、お願い事をしても場違いということにはならない。如来は衆生救済の為に化身や御使いによってその願いに手を差し伸べようとされるのです(これが大乗の基本教義です)。なので、願意成就の祈祷札がお仏壇に祀られていても何も問題ではありません。寧ろ、それはとても適しているともいえます。
 「御札はお仏壇に祀るべきではない」という意見の方は、まずその殆どが「お願い事をする場所としては神棚が適する」と見なして仏教札も神棚へて祀るようにと言ってきます。例えば、成田山(新勝寺)の護摩札の説明にも神棚でお祀りすることを推奨するものとなっています。ただし、これは仏教僧侶側の勝手な言い分であって、神仏分離(神道と仏教は異なる宗教であるから明確に分ける)となった現代の神道側が、そのような指示を果たして快く見なしているかどうかについてはいささか疑問なところです。御札は、その御札の御霊に適した真言を唱えるとより良いとも言われています。けれども現代、神棚の前にて仏教の真言などを唱える祀り方をした際に、果たして、神道側から見るとそれはどのように映るでしょうか? (例えば、不動明王の願意札は不動明王の真言を唱えるなど) つまり、神棚にて仏教の寺院札をお祀りするのは昔の古いやり方であって、とても現代には相応しくはありません。

要するに、私の個人的な見解としては、
別に喧嘩の心配は要らないけれども、ただ祀り方のマナーとして神道札と仏教札は別々の異なる場所であること。
神道札は神棚で、もしもなければどこか清浄な高い場所にてお祀りし、
仏教札はお仏壇があればそこでもまったく問題なし。もちろん、お仏壇以外の清浄で高い場所にて祀られてもいい。
また、各種の異なる祈願札や別々の寺院札同士を複数祀られても無問題です
(尚、神格仏格の違いが明確な場合には、御札の並べ方としては最上位が真中で次に向かって最右側を上位として祀る。
重ね方としては、手前から最上位の順番ですが、重ねないで済む場合には並べる方がより賢明です)。
それから、御札を見えない形でお祀りしても特に問題とはなりませんが、
もちろん、できることであればよく見える場所にてお祀りし、
日々、事あるごとにその御札を見たり、ご挨拶できるならばより理想的です。


 〜以上、ご参考までに


Name: 匿名
Date: 2021/10/25(月) 08:18   No:5716
  引用  編集 
Title: Re:神社とお寺の御札の保管方法    
ありがとうございます。
とても詳しいので、よくわかりましたし、納得しました。
インターネットで調べても、これほど詳しくまとめられたものはなかったので、お尋ねしてよかったです。
教えていただき、ありがとうございました。





 
NEXT >>  [ 1 , 2 , 3 , 4 , 5 , 6 , 7 , 8 , 9 , 10 , ... ]
 
 
削除・編集   管理者画面   RSS   + Powered By 21style +