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Name: ともこ
Date: 2016/07/27(水) 14:21   No:5342
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
3週間前に流産してしまいました。周りは妊婦ばかりでなかなか嫉妬、妬みの念が消えません。今後授かることはできるのでしょうか



Name: 尊明 [URL]
Date: 2016/07/30(土) 11:54   No:5345
  引用  編集 
Title: Re:無題    
その悲しみや如何ばかりかと拝察申し上げます。
速やかに御仏の御もとに導かれ、霊安かれと
ご冥福をお祈り申し上げます。

今、やるべきことは、残念ながら縁なくして
この世に生けることが出来なかった、わが子の
成仏をお祈りしましょう。

いつかきっとご縁があることとお祈りいたします。






Name: 天台沙門
Date: 2016/07/30(土) 13:19   No:5346
  引用  編集 
Title: Re:無題    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

残念なことでした。

医学的には8回に1回は流産するそうですし、ドラマ化された『コウノドリ』TRACK.17《卵子提供》には
 妊婦「今回諦めてもまた出産できますよね」
 医師「それは占い師にでも聞いて下さい」
という場面があります。
妊娠とその継続に関しては、科学的には「統計的には」と言わざるをえませんし、宗教的には「神のみぞ知る」としか申し上げられません。

個人的には2人の子供に対し3回の流産経験があります。また不妊治療の経験では担当医から「ともかく排卵日前後に数をこなしてください」というお言葉をいただきました。



ところで、もし貴女がもつ次回の妊娠への不安が、周囲の妊婦さんへの「なかなか嫉妬、妬みの念が消えません」ということによるならば、そのきもちを捨てることが最善の方法とおもわれます。
ただし、貴女が周囲の妊婦さんに嫉妬心をもとうがもつまいが、それは貴女の将来の妊娠と関係があるかどうかは不明です。
もちろん、貴女の周囲の妊婦さんが、流産の経験があるか・これから流産してしまうのか・流産せずにすむのか、それも不明です。

「キサーゴータミー説話」という話があります。

子を亡くしたキサーゴータミーという女性が釈尊に「子を生き返らせてくれ」と願ったところ、釈尊は「では祈祷をするが、祈祷に使う供物は死者を出したことのない家からもらわねばならず、それは貴女がもらってきなさい」と命じます。当然ながら死者を出したことのない家などなく、キサーゴータミーは世間の誰もが身内の死という悲しみを受け容れて乗り超えて生きているのであり、自分の悲しみは自分ひとりのものではないとさとります。

まずは貴女とパートナーさんとのところに来ることができなかった「たましい」がいたということを覚えてあげていてください。

以上、ご参考までに。




Name:
Date: 2016/07/25(月) 06:46   No:5339
  返信  引用  編集 
Title: 和尚様よりご指導が賜りたい。    
自宅の正面のお寺で、数年前に本堂と納骨堂の建て替えがあり、結果お寺の入口、本堂、納骨堂の全てが我が家の真正面となりました。仏様に見つめられる事は有難いのですが、納骨堂もとなると複雑です。以前家族が病に伏せた際には、知人より、この位置関係を指摘されました。特に子供部屋が気になります。また、トイレはとても心苦しいです。お寺の住職はたいへん親切で有難い方である分、気を遣わせてしまいそうで相談するのも躊躇います。かと言って引っ越しや改築の余裕もありませんし、本来お寺のお向かいと言う環境には有難い事だと考えています。しかし家族の体調不良が続いたりするたびに知人の言葉にナーバスになりがちです。仏様や亡くなった方の通り道に失礼になるのか?など、気になります。どうぞご指導が賜われれば幸いです。


Name: 天台沙門
Date: 2016/07/26(火) 10:21   No:5340
  引用  編集 
Title: Re:和尚様よりご指導が賜りたい。    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

結論から申し上げますと、向いのお寺の本尊さまに見守られることにポジティヴな感覚をおもちならば、納骨堂にいらっしゃる方々にも同様の感情をおもちになればよろしいかとお勧めします。



「神仏の通り道」という観点から述べます。
折口信夫が「マレビト」という言葉で示しましたが、日本人にとっての神仏とは基本的に来たり去る存在です。
ですから、来訪神をキチンと祀るかどうかが重要なことになります。神仏は行った先できちんと祀られれば幸運を残しますが粗相をされると悪運を残します。牛頭天王という神様がそういう神格ですので、この神を京都の守護神とするためのお祭が祇園祭です。

別稿でも書きましたが、いまが時期の施餓鬼という仏教行事は、田の神に姿を変えて戻ってくる先祖霊と一緒に祀られなくなったる神々を一緒に祀るという仏教化した夏祭です。俗に「無縁仏はたたる」といいますが、無縁仏(=飢えた鬼!)は供養されないから祟るのであって、供養すればその霊力を守護のために使ってくださるということが日本古来の宗教感覚です。

さて。
子供部屋が気になりトイレが心苦しい、という点がご質問の骨子と理解します。

ここで考えるべきは、寺院の改築以外になにか生活環境で変わったことはなかったのか、ということです。たとえば、部屋を使っているお子さんが進級進学したとか、向い地ではなく隣地でも何か変わっていないかとか、そういうことですね。
仏教は因果関係を単純化することを戒めます。因という直接的な原因と、縁という間接的な原因があり、多様な関係性のなかに「もの/こと」が存在すると仏教は考えます。したがって、様々な可能性を考えあわせたうえで、原因が寺院の改築しかありえないのであれば、そこに不都合の理由を求めてかまわないでしょう。

しかし上記の通り、単純に「お寺の入口、本堂、納骨堂の全てが我が家の真正面」となったことが「家族が病に伏せた」原因となったならば、それはご知人から指摘された位置関係だけではなく、「仏様に見つめられる事は有難いのですが、納骨堂もとなると複雑」という意識も問題ではないかと、私は考えてしまいます。

本尊さんにあわせ納骨堂にも合掌いただければよろしいかとお勧めします。



以上、ご参考までに。




Name: にこ
Date: 2016/07/04(月) 02:10   No:5327
  返信  引用  編集 
Title: 合祀墓のお墓参りについて    
父が亡くなり、私の代で後継ぎいなくなるため
合祀墓を考えております。

ただ今までそういった合同のお墓のお参りをしたことがないので、
どう考えたらいいのかわからない点があります。

合祀墓の場合
父だけでなく他の方も同じお墓に入ってるので、
お墓参りすると、自然に他の方にも手合わせる感じになりますが、
それによってそこいる他の霊に頼られたり取りつかれたりすることもありますか?
よく知らない他人のお墓参りは良くないと聞くので気になりました。

変な質問で申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。



Name: 天台沙門
Date: 2016/07/04(月) 21:11   No:5329
  引用  編集 
Title: Re:合祀墓のお墓参りについて    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。


それによってそこいる他の霊に頼られたり取りつかれたりすることもありますか?
よく知らない他人のお墓参りは良くないと聞くので気になりました。

断言します。まったく問題はありません。
それどころか「父だけでなく他の方も同じお墓に入ってるので、お墓参りすると、自然に他の方にも手合わせる」と、より先祖供養の功徳がいただけます。



……だいたいにおいて、「他の霊」に頼られた(取りつかれた)として、なにか不都合はありますか?
相手が人でありストーキングをしてきたなら問題でしょうが、それが神霊ならばお祀りをすることで祀った人のために霊力を用いて加護をしてくださいます。それが日本古来の宗教感覚です。ご安心ください。
そもそも、他者に頼られるということは人として好もしい属性ではありませんか?

また、よく知らない他人のお墓参りについては、例えばファンが美空ひばりや石原裕次郎の墓参をするということはどうでしょう? ある意味、あちらにとっては知らない人にいきなりおしかけられるようなものです。
または、いろいろな神社のご祭神の故事来歴や御神威を調べてよく知ったうえで参拝をしますか?
そういうものです。

おそらく原始的な宗教感覚では祀られず忘れられた神こそが恐ろしい神でした。つまり誰からも「他の霊」とされてしまうと神は災禍をもたらす祟り神になると信じられてきました。

これからは「お盆」と「施餓鬼」の季節です。

この「餓鬼」ですが、もとはインドの「ピシャーチャ」という妖怪だといわれます。子孫に供養されなかった先祖霊のことです。
この神格が中国語で「供養されない=飢えた」・「霊=鬼」すなわち「餓鬼」と表現されました。ピシャーチャも餓鬼もほおっておくと人に災いをなしますが、きちんと供養すれば災いを成しません。
つまり「施餓鬼」とは、「餓鬼」という祀られない神々(=飢えた鬼神・神霊)に食事を「施す」と、災禍を成すどころか幸福を与えてくれるはずだという思想に基づく合理的風習なのです。われわれにご縁の深い先祖さんと一緒にご縁の浅い「他の霊」をお祀りすることで、諸々の神霊が祟り神とならないようにすることが盆供養の意味です。

ですから「父だけでなく他の方も同じお墓に入ってるので、お墓参りすると、自然に他の方にも手合わせる」と、より先祖供養の功徳がいただける、というわけなのです。



以上、ご参考までに。


Name: にこ
Date: 2016/07/10(日) 16:45   No:5333
  引用  編集 
Title: Re:合祀墓のお墓参りについて    
ご回答ありがとうございます。

私は合祀墓でもいいと思ったのですが、
母が誰に手合わせてるのか、解らなくなると言います。
その点は父に手合わせてるという意識をちゃんと向ければ問題ないですよね。
それとも、こういう人には個人墓にしておいた方がいいんでしょうか?
何と説得すれば良いのか分かりません。

よろしくお願いいたします。


Name: 天台沙門
Date: 2016/07/11(月) 17:11   No:5335
  引用  編集 
Title: Re:合祀墓のお墓参りについて    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

これは個人の信仰心の問題になりますが、特定の「誰か」以外に祈りを捧げることが不愉快であるならば、合葬墓をあきらめたほうがよいとおもわれます。
しかし多くの場合、一家一族の墓も身内限定合葬墓という性格があることは否定できませんから「父に手合わせてるという意識をちゃんと向ければ問題ない」という考え方でよろしいと感じます。



私の思想ですが「先祖供養」というものは「先祖」だけを供養するものではありません。
「先祖」という具体的な誰かを代表として、みずからに関わるすべての存在に対して想いをいたすことが先祖供養の本質です。

仏教の本質は「縁起説」という考え方です。
「因縁」というコトバがありますが、因=直接的原因・縁=環境など間接的原因、を意味します。すべてのモノ/コトは「因と縁」つまり「互いの関係性」によって存在しています。その関係が変われば存在のありかたも変わり、これを「空」と表現しています。

人は地縁血縁という関係のなかで生きています。

ですから「先祖供養」とは、まずは「先祖」という血縁者を代表とする、すべての死者の存在に想いをいたすことになります。
ついで、亡くなった方々も一緒に生きていたことに変わりはありませんから、縁の薄い濃いという違いはあるにせよ、いま一緒に生きているたくさんの人々の存在を考えることにもなります。
さらには、人の「たましい」が「あの世」に行くことが死であるならば、「あの世」から「たましい」が帰ってくると人が生まれることになり、つまりはこれから産まれてくる子やまだ小さな子供たちのことを考えることでもあるわけです。
「先祖供養」とは自分につながる縁すべてを考えることにほかなりません。

御母堂に即してお話すれば、御父君に手を合わせることは御父君を存在させてくれた義父母さんに手を合わせることと同じですし、御父君に存命の家族への守護をお願いするのであれば、御母堂ご自身をはじめとする縁ある方々のことを考えることと同じです。



以上、ご参考までに。


Name: にこ
Date: 2016/07/19(火) 13:45   No:5338
解決   引用  編集 
Title: Re:合祀墓のお墓参りについて    
すみません、返信遅くなりました。
ご回答ありがとうございます。

母がどうも合祀墓になじめないようなので、
結局個人墓にすることになりそうです。

色々とお答え頂きありがとうございましたm(_ _)m




Name:
Date: 2016/07/11(月) 10:36   No:5334
  返信  引用  編集 
Title: 生前と死後宗派と違い    
最近母が亡くなり、葬儀しました。母の姉妹が家の宗派は浄土真宗と聞いたので、結果は葬儀は浄土真宗でしました。でも自宅に日蓮宗の水子の位牌があります。それに霊鑑の書に水子の事を書いています。実弟の遺影もありました。生前日蓮宗そして死後浄土真宗と言うのは良いのですか


Name: 天台沙門
Date: 2016/07/11(月) 17:35   No:5336
  引用  編集 
Title: Re:生前と死後宗派と違い    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

まずはお悔やみを申し上げます。
結論だけ申し上げますが、生前は日蓮宗であって死後は浄土教であっても別に問題はありません。



天台宗は、朝の勤行に法華経を読み、夕の勤行に阿弥陀経を読みます。これを「朝題目・夕念仏」といいますが、そんな天台宗徒からすれば、大事なことはご遺族がその方の死を受け容れる/死を乗り超えるための役に立つかどうかであって、宗旨の違いを気にすることはありません。

閑話休題。

天台宗の立場としては、法華経を信仰するということ(日蓮宗)は生きている間により善く生きることが目的で、阿弥陀仏を信じるということ(浄土真宗)は死後に往生できるという安心を得ることが目的です。裏を返すと、阿弥陀仏を信じることで「死んだらどうなる?」という不安から自由になれるからこそ、法華経によるより善い生き方を実践できるということになります。

別の言い方をすると、日蓮宗さんのように法華経を信仰するということは現実の世界の利益を求めるということで、真宗さんのように阿弥陀仏を信じるということは来世の安穏を求めるということです。つまり、それぞれ違うことを目的としているので、どちらが正しいという話にはなりません。

法華信仰と浄土信仰とは相互補完の関係にあるのです。



以上、ご参考までに。




Name: たいじ
Date: 2016/06/30(木) 13:58   No:5325
  返信  引用  編集 
Title: 勝手に位牌分け    
「位牌分け」についてご相談させて下さい。

他人(親族でない者)が、親族に何の断りも無く「位牌分け」をして供養をするなど、よくある事なのでしょうか?

数年前に父が亡くなりました。仏壇、位牌はもちろん実家にあり供養しています。
ところが先日、私共親族には何の連絡も無く、とある場所で父の位牌が仏壇に祀られ、関係者に「礼拝するように」と勧めていると人づてに聞き、大変驚き困惑しています。
その位牌分け(別の位牌があるのですから、位牌分けという事ですよね)した位牌は、適当にでたらめで作った物でなく、正式にお坊様にお願いし開眼法要も行ったとの事です。

なぜそのような事をしたのか、そのとある場所の責任者に問い合わせられれば簡単なのですが、色々複雑な事情があり、出来れば連絡は取りたくありません。

「位牌分け」それ自体については、ネットで調べてみた限り、「位牌を新しく作り故人を供養する事自体は良い事で問題は無い。」ようだと知りました。
でもそれは、例えば仏壇がある実家にはなかなか行けないが、毎日お線香はあげて供養したい等、あくまで親族間で行う事だと思うのですが…。

それを他人が、ましてや無断でとなると親族としては簡単に納得出来るものではありません。

お伺いしたいのは、他人が「勝手に」位牌分けする事など許されるものなのか、もしそれが許されるとしたら、例えば亡くなった有名人の位牌を私が勝手に作り、自分の店(店など持っていませんが例えばの話です)の仏壇に祀り「ファンの皆さんもお参りして。」もOKという事になり、とてもおかしな事だと思うのですが。

位牌分けをどうしても止めさせたい、という訳ではありませんが、心をどう落ち着かせたら良いか分からず悶々とした状態が続いています。

是非お考えをお聞きしたくご相談させて頂きました。

どうぞよろしくお願い致します。



Name: 天台沙門
Date: 2016/07/06(水) 21:45   No:5330
  引用  編集 
Title: Re:勝手に位牌分け    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

結論から申し上ます。
たしかに親族でない者が位牌を造り故人の供養をすることは「よくある事」ではないと考えられます。
しかし礼拝対象とするために誰が誰の位牌を作ろうとも、それは「信教の自由」の範疇に属することなので妨げることはできませんし、妨げてはならないことと私は信じます。

その「場所(=組織)」と御父君との関係が不明ですが、「貴方のご親族」という「自然人」が御父君を追悼することと同様に、「組織」という「法人」が御父君を追悼することも当然であると考えます。
追悼という行為の根底にあるものは、仏教でいう「縁」というものであり、これは「人間同士の関係」ということです。
個人であろうが組織であろうが、それ自らになんらかの縁をもち、なおかつ異界(天界・神界・冥界)にいってしまった人の記憶を想起する行為が「追悼する」ということです。

さて、著名人の位牌を「勝手に作り」という点について、逆に「位牌でなければかまわないのだろうか?」と自問してみてください。
それは、例えば「ビートルズ・バーのオーナーが12月8日にジョン=レノンの遺影をかざり追悼イベントを行なう」ということと同じであり、自然なファン感情というものではないでしょうか?
いわば「故人の位牌を造る」という行為は「個人の神格化」と同じことです。(註:故人/個人は変換ミスではありません)

「追悼してくれるのはかまわないが、位牌を用いた儀礼で行われることは認め難い」とのお考えでしたら、それは別の問題と考えます。

ところで、別項([No.5079]2014/04/03および[No.5236]2015/07/25)でも書きましたが、
 「位牌や墓石」=「各種情報端末」
 「たましい」 =「クラウド上に存在する情報」
 「人々の縁」 =「ネットワーク」
と置き換えることができます。

さらには「位牌=名=記号」・「たましい=人格=情報」・「人々の縁=社会=ネットワーク」したうえで(いわゆる)キラキラネームを補助線に使ってみましょう。

「名」が社会における個人を示す記号として使用される以上、「名」は社会的な共有物としての意味をもちます。
したがってキラキラネームという読み難い名は個人と社会との関係を疎外します。
よってキラキラネームを避けることは世の中で生きていくうえで必要なことと考えられます。

同様に「たましい」と呼ばれる死者の人格も、生者が世の中というネットワークのなかに存在してきた以上、「記憶という情報」は世の中で共有されざるをえないものなので、「想い出」へのアクセス権を親族が独占すべきものではないし、できるものでもないと私は考えます。



Q1
他人(親族でない者)が、親族に何の断りも無く「位牌分け」をして供養をするなど、よくある事なのでしょうか?
A1
「よくある事」ではありませんし、多くの場合は個人が親族のものを作ることになります。

Q2
「位牌分け」それ自体については、ネットで調べてみた限り、「位牌を新しく作り故人を供養する事自体は良い事で問題は無い。」ようだと知りました。
A2
「位牌分け」という行為は、分家を作る際に本家の先祖の位牌を「分け」たり、嫁入り/婿入り道具のひとつとして実家の先祖の位牌を「分け」たりすることで、珍しい行為ではないとおもわれます。



余談ながら、神道という観点では貴方の感覚のほうが正統的です。

本来は「氏神」は一族のみの神でした。
他族がみだりに祀ると祟られると信じられていましたから、その一族以外の人々は、他族の氏神とは関わりをもたないようにしました。「触らぬ神に祟り無し」ですね。
この思想をつきつめた神が伊勢神宮です。天皇その人だけの神であり、皇族の神ですらありませんでした。皇太子でも参拝には勅許を必要としたほどです。
しかし古代から中世にかけ血縁よりも地縁が重視される社会になると、土地の守護神である「産土神」が「氏神」よりも実力をもつようになり現在に至りました。

以上、ご参考までに。


Name: たいじ
Date: 2016/07/07(木) 13:32   No:5331
  引用  編集 
Title: ありがとうございました。    
天台沙門様

ご丁寧なご回答を下さり心より感謝申し上げます。

位牌でも遺影でも、他の何かしろの品物に手を合わせるにしても大差は無いとの事、よく分かりました。

「位牌」=「情報端末」、ここがポイントですね。
「位牌」=「家族が亡くなった時お坊様にお願いし戒名を頂き刻み、親族代々が守っていく唯一無二な大切な物」というような気持でおりました。

「位牌」=「情報端末」なのであれば、何も腹を立てたり、悩んだりすることはないですね。

どうにか心を落ち着かせる事が出来ました。
ありがとうございました。




Name: 西方塔
Date: 2016/07/03(日) 06:32   No:5326
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
夫が亡くなりました。私の家は神道、夫の家は天台宗です。夫の家の墓には埋葬はしませんが、葬儀は夫の故郷で夫の家の菩提寺にお願いしました。その際、お寺からそとば2本を渡され、49日の法要に持参するように言われました。

墓もなく仏壇の購入もまだです。卒塔婆の扱いに困り私の実家に預けています。49日の法要も同じ寺でします。お寺から卒塔婆を新しく2本あげるようにいわれました。

質問は新しい卒塔婆はお寺で供養焚き上げをお願いしてもらってかまいませんか?焚き上げをしないでお預りしてもらうと墓を購入するまで供養料(お布施)が必要ですか?
 
ご助言のほどよろしくお願いします。



Name: 天台沙門
Date: 2016/07/04(月) 20:35   No:5328
  引用  編集 
Title: Re:無題    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

まずはお悔やみを申し上げます。
さて、そもそも論としては葬祭儀礼は地域性が色濃くでるものです。天台宗だから全国統一の儀礼に基づくというものではありません。
すべからく菩提寺さんにお訊ねいただくことが最善です。

「この卒塔婆の意味はなんであるのか?」
「なぜ葬儀の当日に2本を持って帰るのか?」
「これは四十九日法要の卒塔婆の2本とは別物なのか?」

どうも連れ合い様の菩提寺の住職さんは「四十九日法要の際に自分の寺の墓地に納骨する」との思い込みをお持ちなような気がします。葬儀はお願いしたが納骨埋葬はしない旨、速やかに意思表示をなさることをお勧めします。



Q1
新しい卒塔婆はお寺で供養焚き上げをお願いしてもらってかまいませんか?
A1
卒塔婆は一定期間は墓地に立てておくものなので、護符のようにお焚き上げするというものではありません。

Q2
焚き上げをしないでお預りしてもらうと墓を購入するまで供養料(お布施)が必要ですか?
A2
四十九日法要(をなさる場合)の布施料は必要ですが、それ以降は不明です。菩提寺さんにお訊ねください。



以上、ご参考までに。




Name: 小さな羊
Date: 2016/05/11(水) 17:18   No:5317
  返信  引用  編集 
Title: 家の宗派は何でしょうか    
先祖代々の墓が浄土宗の寺院にあります。
しかし法名は釈***と記載されています。
どうも浄土真宗のようです。
お寺の過去帳は焼失して詳細は不明です。
お墓には天保の文字が読み取れます。
本来の宗派を探すにはどうすればよいでしょうか。
親族でも正確なことは不明です。



Name: 大観
Date: 2016/05/31(火) 12:08   No:5321
  引用  編集 
Title: Re:家の宗派は何でしょうか    
手がかりになるのは、お墓しかないようですね。
天保は、江戸時代の元号で西暦1830年から1844年の間です。
今から186年前です。そのお寺ができた時は浄土真宗で、その後浄土宗に改宗されたのではないかと考えられます。
だから、本来の宗派は浄土真宗ではないでしょうか。
詳しくは、そのお寺の御住職に聞いてみてはどうでしょう。




Name: ばく
Date: 2016/05/06(金) 08:49   No:5316
  返信  引用  編集 
Title: 一軒の家に、二軒のお仏壇    
現在、家に、母方のお仏壇と、父方のお仏壇があります。別の部屋に置いているのですが、良くないと教わりました。しかし、この家にしかお仏壇は置けません。どうしたら良いでしょうか。


Name: 大観
Date: 2016/05/31(火) 11:52   No:5320
  引用  編集 
Title: Re:一軒の家に、二軒のお仏壇    
二軒の仏壇があっても、問題はないと思います。
出来るだけ毎日、両家の仏壇にご飯とお茶もしくはお水をお供えして、お線香をあげてください。




Name: R
Date: 2016/05/29(日) 15:10   No:5318
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
悩んでおり、御助言いただけたら幸いです。

来月、父親の一周忌なのですが、色々ありお墓でなく、お坊さんに実家に来ていただき、仏壇の前でお教をあげてもらうことになっております。
母は立ち会う予定なのですが、娘である私は実家から離れて暮らしており、また亡くなった父とは色々あったため、そこに立ち会うために実家に帰ろうか迷っております。

そこで質問です。
一周忌に何もしようとしないのは大変な親不孝でしょうか?
またあまり気が進まなくても実家に帰って母と一緒にお教をあげてもらった方が良いのでしょうか?何もしないと何か災いなどふりかかるのでしょうか?

お願いいたします。



Name: 大観
Date: 2016/05/30(月) 13:24   No:5319
  引用  編集 
Title: Re:無題    
私は、お父様の一周忌に参列した方が良いと思います。
過去に何があったか解りませんが、今の貴女があるのは、お父様・お母様のおかげで大きく育ったわけですよ。

一周忌に参列して、在りし日の元気なお父様を思い出しながら、お父様に感謝する日にして下さい。
合掌




Name: えり
Date: 2016/04/11(月) 23:20   No:5307
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
はじめまして。
ご先祖様の供養について相談させていただきます。

私は主人と子供と3人で暮らしています。
主人は二人兄弟で、お義父さんは4年ほど前に他界され、今実家にはお義母さんと主人の兄が二人で生活しています。

今回相談したいのは亡くなられたお義父さんの供養等についてです。
お義母さんは片づけるのが苦手な方で、一軒家の家の中はテレビでよく見るごみ屋敷状態だそうです。(人に見られたくないようで、私は主人の家の中まで入ったことがありません。)

仏壇もなく、お義父さんの位牌はそのごみの中の台に置いてあり、お水やお茶などを供えるなどは一切行っていないようです。それからお義母さんには死産になってしまったお子さんがいるのですが、その子の供養などもしていないように感じます。
主人に話を聞いたところ、生まれてから実家に仏壇があったことはないと言っていたので、お義父さんもご自分のお父様、お母様の先祖供養はしてこなかったのかなと感じました。

そこでお聞きしたいのは、

・分家である私たち夫婦が主人のご先祖様の供養を行うには
 どのように行えばいいか、そもそもお義母さん、主人の兄が
 住む本家の代わりにご先祖様の供養を行ってもよいのでしょ
 うか。

・今、アパートで暮らしているため、仏壇などはありません。
 仏壇を購入しなくともご先祖様の供養はできますか?

・私は一人っ子なので、主人の家に嫁いだ身ですが将来的には
 自分の家のご先祖様供養もしたいと思っているので両家のご
 先祖様供養はどのようにすればいいのか。

この3点です。

お義父様の今の状態を知ってしまった以上、このまま何もせず過ごしていくのは・・・。と思い、いろいろ調べていたところ、こちらのサイトを見つけ、相談させてえいただきました。

アドバイスのほどよろしくお願いいたします。



Name: 真言坊主
Date: 2016/04/24(日) 14:19   No:5314
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Title: Re:無題    
真言宗、阿闍梨です。

素晴らしい仏性が有る内容を、拝見させて頂きました。

本家の供養を分家がなさるのは全く構いません。むしろ、供養は“本家だけがすれば良い”ものではなく、自分がいま此処に居ることへの感謝として先祖を大切にする行為ですので、どなたでも、やって頂きたい事です。

その際、仏壇の事を御聞きですが、大きな仏壇では無くとも小さくて良いので仏壇は有るほうが宜しいです。何故かと申しますと、仏壇とは位牌置き場では無く「小さな御寺」という意味合いのもので、毎日御寺に行かずとも、仏壇に安置してある仏様に手を合わせる事で、広い意味での“仏道修行”“先祖供養”にもなります。ですが、仏壇が無いと先祖供養が出来ないという事は有りません。

両家の先祖供養も、全く問題ありません。

質問者様御自身の宗派は、おありでしょうか? 信心を向ける宗派が有ればその御寺に、無ければ近隣の御寺にまずは御相談なさって頂きたいと感じました。若しくは、都内で有れば自分が位牌の開眼作法を行い、先祖供養方法を御教え出来ます。もし御希望でしたら連絡先を御願致します。





 
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