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Name: amamiya
Date: 2016/08/14(日) 14:56   No:5356
  返信  引用  編集 
Title: 位牌について    
先月、大好きな女性が自殺しました。
原因は私にあると今も思っています。

来月の四十九日に参列させていただきます。

その時に戒名が分かれば
私個人で位牌を持ちたいと考えています。
親族に相談することなく
私自身がそうしたいからです。

位牌の魂入れされたものでなくても
粗末に扱うことはありません。

供養にもいろいろな形があるとは思いますが
私のいまの考え方はおかしいんでしょうか?
間違っているんでしょうか?

毎日、位牌に手を合わせていたい。
それだけの思いです。


なにかアドバイスをいただけたらと
よろしくお願いいたします。





Name: 天台沙門
Date: 2016/08/15(月) 14:09   No:5358
  引用  編集 
Title: Re:位牌について    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

残念なことでした。お悔やみを申し上げます。



別項[No.5325]2016/06/30に回答しました通り、

たしかに親族でない者が位牌を造り故人の供養をすることは「よくある事」ではないと考えられます。
しかし礼拝対象とするために誰が誰の位牌を作ろうとも、それは「信教の自由」の範疇に属することなので妨げることはできませんし、妨げてはならないことと私は信じます。

以上、ご参考までに。


Name: amamiya
Date: 2016/08/16(火) 07:27   No:5362
  引用  編集 
Title: Re:位牌について    
今後の参考にさせていただきます。

アドバイス、ありがとうございました。




Name:
Date: 2016/08/08(月) 14:21   No:5350
  返信  引用  編集 
Title: 墓がわからないが手を合わせたい    
私は長男の娘(跡継ぎ予定でしたが嫁に行きました)です。
ある出来事があり、実の祖先に手を合わせたいと思っています。

昔はお寺の区画にお墓があったのですが、現在は父の名前で契約がなく、親戚や知人に問い合わせて探していますが、親戚のごたごたもあり、現状ではよくわからないという状況です。

こういう状況でも、手を合わせたいのですが、どうしたらよいでしょうか。



Name: 尊明 [URL]
Date: 2016/08/09(火) 19:08   No:5351
  引用  編集 
Title: Re:墓がわからないが手を合わせたい    
お寺の区画にお墓があったのであれば、どうして無くなったのでしょうか?

お墓を改葬されたのか?

そうでなければ、管理料等未納等の為、合祀されたのか?

どちらかだと思います。

どうしてもわからなければ、
お寺の住職に話して、本堂でお経をあげてもらってください。


Name:
Date: 2016/08/10(水) 22:57   No:5352
  引用  編集 
Title: Re:墓がわからないが手を合わせたい    
お寺の区画を借りていて
父の名義でお墓があったはずなのですが、

お寺(調べて貰いましたが)に聞くと、
いまは父や祖母の名字で記録がない、勝手に合祀はしない、
分からない、どうにもできないとのことです。

親戚に問い合わせたくとも、親の代で喧嘩をしたため
連絡先わからずにいます。

とりあえず、お寺にいって本堂にはお詣りしましたが、
すこしはご先祖に届くでしょうか?

お骨やお墓の所在わからずとも、お経をあげていただくことは出来るのでしょうか?


Name:
Date: 2016/08/15(月) 20:09   No:5361
  引用  編集 
Title: Re:墓がわからないが手を合わせたい    
墓がなくなったと正式に聞きました。

今まで手を合わせていたお寺に行っても
つながらないのかと思うと、辛くてたまりません。




Name: 中山駅
Date: 2016/08/14(日) 12:57   No:5355
  返信  引用  編集 
Title: 日蓮宗は色々と買わせる    
妻が宗教にはまっています。心の拠り所なら良いのですが、色々と買ってきます。たぶん先祖が救われるとか言われているようです。最近は家事や子供の面倒もそこそこに、お経を読んでます。家族は誰も頼んでないのに、家族のために私がやらなければと、思っているみたいです。たんなる霊感商法だと思いますが。家族のためにする事の順番が間違っていると思います。日蓮宗はそういう教えですか?正しく宗教を勉強してほしいので、アドバイスをお願いします。例によって私が日蓮宗をやっていることは人には言わないようにと、言われているみたいです。


Name: 天台沙門
Date: 2016/08/15(月) 14:56   No:5360
  引用  編集 
Title: Re:日蓮宗は色々と買わせる    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

おそらく勤行時に「南無妙法蓮華経」のお題目と唱えておられるので「日蓮宗」と判断なさったとおもいますが、これは久遠寺さんの日蓮宗というよりは「日蓮宗系」・「霊友会系」または「日蓮正宗系」に分類される新宗教から派生した教団と理解すべきでしょう。

私は檀信徒さんから「仏壇はどうしよう」とか「本尊さんはどうしよう」との相談を受けた際には「財布と相談して、気に入ったものを買いましょう」とお答えします。
ご宗旨によっては、本尊さんやお祖師さんの像を仏壇に安置することをお勧めしますが、それでも「色々と」ではないとおもわれます。



当然ながら宗教者である私は「思想の自由」と「信仰の自由」を訴えます。よって、奥様が日蓮宗もどきであってもそれを「宗教」と信じている以上は、その宗教への「信仰」を妨げることはすべきでないと考えます。

しかし「信仰の自由」には「信じない自由」も含まれます。
奥様が「信仰の自由」をもってご自身の信仰を正当化するならば、貴殿は同様に「信仰の自由」をもって「その宗教を信仰しない自由」を正当化することができます。
また「信仰の自由」は広義の自由権に含まれますから、その自由の行使にあたっては自己が尊重されることと同様に他者を尊重することが求められます。
したがって経済的な出費によって家計が圧迫され家族の生活に問題が生じるようになれば、これは「信教の自由」が「他者の生存権」を圧迫するということになりますから、「信仰の自由」の範疇を逸脱したものとして経済問題として対処せねばなりません。

以上、ご参考までに。



PS 「宗教の勉強」については、別稿とさせてください。




Name: TT
Date: 2016/06/27(月) 16:54   No:5324
  返信  引用  編集 
Title: 祖父の四十九日法要について    
よろしくお願いいたします。

先日、私の母方の祖父が亡くなりました。
子供世代の人数が多かったので、孫世代までは呼ばれないと決めつけておりましたが、母より連絡があり、あなた方も夫婦で参列してほしいと言われております。
当日お供えする御仏前ですが、夫婦で1万円+3000円程度の菓子折を携えていこうかと思っておりますが、少なすぎるでしょうか?

他の孫世代(私の兄弟や従兄弟たち)は、私達より更に遠方に住んでいるため、孫世代で呼ばれるのは私達夫婦だけとのこと。
父母に相談するも、気持ちだからというばかりで具体的な金額の指示はなく、兄弟に相談することもできず、困っております。

よろしくお願いします。



Name: ちょう
Date: 2016/08/04(木) 10:17   No:5349
  引用  編集 
Title: Re:祖父の四十九日法要について    
ご相談拝見致しました
私は30代の僧侶です。

香典の金額、時代や地域、また、法要の規模など状況によって変わってくると思いますので、やはり、親しい親族、家族に相談して決めることがいいと思いますが、

現代の一般的な状況ですと、祖父、義祖父の四十九日であれば、
一人1万円程度はあったほうがいいように思います。




Name: Kiyo
Date: 2016/05/31(火) 23:26   No:5322
  返信  引用  編集 
Title: 墓守について    
墓守についてアドバイスを頂けると嬉しいです。
父が2009年に他界し、姉妹で4人でお墓代を貯め立てようと話し合いで決めましたが、母の痴呆症や看病等でそちらにお金が掛かり、お墓まで手が回らない状態の中私の主人(アメリカ人)がお墓がないのは・・・と父へのプレゼントで姉妹みんなが良くなればと云う思いもあって全額負担で立ててくれました。その際に墓やさんから建立者の名前を入れますかの問に感謝の気持ちもあり主人と私の名前を側面に掘ってもらいました。先日、日本に帰国し姉妹で集まった際に墓守の話が四女から出ました。四女の話では「私と主人の名前が入っているので墓守は長女ではなく次女の私達か息子(私の)だ。」と言われ正直困惑しています。と云うのも私たち夫婦はアメリカ在住ですし、最初にお墓を立てる際にもお金は出すけれど、長女が主で回してくれればと云う思いがありました。長女は結婚をしていないのでお墓に入るだろうと想定して、みんなが幸せになれればと思いましたが、最初OKだった長女も四女の話に添いお墓に入らないと言っています。三女は、「それが筋だと四女が云うのなら、私が墓守をし母が他界した際には四女の言う通り喪主になり一切、長女や四女に文句を言わせないようにすれば良い。今後の行事の代金等も長女と四女は私に押し付けたのだから」とゆうのですが・・・。会ってもいない父への居場所をとお墓を立ててくれたのに、立てたことが間違っていたのかと思える様な四女の話の雰囲気に主人に申し訳ない気持ちでいっぱいです。私としては、主人に感謝し、主人の意向を尊重して、筋と云うものだけでなくみんなが良くなればと思っています。
実際、アメリカ在住の私達が墓守をするのも無理ですし、今まで折半だった行事事の代金も全額となるとこれ以上、主人に負担かけたくないと云う思いもあり困っています。どうぞ、良きアドバイスを頂ければと思います。よろしくお願いします。



Name: 尊明 [URL]
Date: 2016/07/29(金) 19:15   No:5344
  引用  編集 
Title: Re:墓守について    
内容拝見しました。

お墓は、その代だけでなく、次の代へと受け継がれていくものです。
まずは、そのお墓の建立者ではなく、申込者は誰になっていますか?

あくまで、お墓の継承者が管理していかなければなりません。

次に

どちらに建立されたのでしょうか?

公営霊園・公園墓地・お寺の境内墓地によって状況が変わってきます。

最後に、冒頭お話ししましたように、お墓の継承はどうされるか?
長女の方が、お墓に入ったとしても、独身であれば誰が管理していくのでしょうか?

そう考えると、あなたには息子さんがいることから継承せざるを得ません。

三女・四女が、将来お墓に入らないというのであれば、今のうちに
墓じまいを考えておかれてもいいと考えます。

ただ、今すぐには無理でしょうし、ご主人にも悪いでしょうから、
一〇年ぐらいをかけて今後の相談をするしかないでしょう。

難しい問題ですが、ご姉妹でよく相談されるしかありません。



Name: Kiyo
Date: 2016/08/02(火) 22:20   No:5347
  引用  編集 
Title: Re:墓守について    
ご返答ありがとうございます。

父が生前に父が決めたお寺の墓土地を父が申し込み借りました。直ぐにお墓を建てる予定でしたが建てることが出来ずに父が他界しました。

私の姉には息子(高校生)と娘(36歳)がおります。
私には、娘二人と息子がいます。
三女には子供がなく、四女には息子が二人(30歳・10歳)おります。

このような場合はどうなるのでしょうか?

近々、姉妹で話し合いの場を持つつもりでおります。
よろしくお願いします。


Name: 尊明 [URL]
Date: 2016/08/03(水) 07:04   No:5348
  引用  編集 
Title: Re:墓守について    
お父様が申込者であれば、
そのお墓を誰が継承されるか?

お寺さんにはその話はされましたか?

皆さんでだれが継承していくか?相談なさってください。

最終的に、だれも継承しないとなれば、墓じまいしかありませんね。




Name: ともこ
Date: 2016/07/27(水) 14:21   No:5342
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
3週間前に流産してしまいました。周りは妊婦ばかりでなかなか嫉妬、妬みの念が消えません。今後授かることはできるのでしょうか



Name: 尊明 [URL]
Date: 2016/07/30(土) 11:54   No:5345
  引用  編集 
Title: Re:無題    
その悲しみや如何ばかりかと拝察申し上げます。
速やかに御仏の御もとに導かれ、霊安かれと
ご冥福をお祈り申し上げます。

今、やるべきことは、残念ながら縁なくして
この世に生けることが出来なかった、わが子の
成仏をお祈りしましょう。

いつかきっとご縁があることとお祈りいたします。






Name: 天台沙門
Date: 2016/07/30(土) 13:19   No:5346
  引用  編集 
Title: Re:無題    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

残念なことでした。

医学的には8回に1回は流産するそうですし、ドラマ化された『コウノドリ』TRACK.17《卵子提供》には
 妊婦「今回諦めてもまた出産できますよね」
 医師「それは占い師にでも聞いて下さい」
という場面があります。
妊娠とその継続に関しては、科学的には「統計的には」と言わざるをえませんし、宗教的には「神のみぞ知る」としか申し上げられません。

個人的には2人の子供に対し3回の流産経験があります。また不妊治療の経験では担当医から「ともかく排卵日前後に数をこなしてください」というお言葉をいただきました。



ところで、もし貴女がもつ次回の妊娠への不安が、周囲の妊婦さんへの「なかなか嫉妬、妬みの念が消えません」ということによるならば、そのきもちを捨てることが最善の方法とおもわれます。
ただし、貴女が周囲の妊婦さんに嫉妬心をもとうがもつまいが、それは貴女の将来の妊娠と関係があるかどうかは不明です。
もちろん、貴女の周囲の妊婦さんが、流産の経験があるか・これから流産してしまうのか・流産せずにすむのか、それも不明です。

「キサーゴータミー説話」という話があります。

子を亡くしたキサーゴータミーという女性が釈尊に「子を生き返らせてくれ」と願ったところ、釈尊は「では祈祷をするが、祈祷に使う供物は死者を出したことのない家からもらわねばならず、それは貴女がもらってきなさい」と命じます。当然ながら死者を出したことのない家などなく、キサーゴータミーは世間の誰もが身内の死という悲しみを受け容れて乗り超えて生きているのであり、自分の悲しみは自分ひとりのものではないとさとります。

まずは貴女とパートナーさんとのところに来ることができなかった「たましい」がいたということを覚えてあげていてください。

以上、ご参考までに。




Name:
Date: 2016/07/25(月) 06:46   No:5339
  返信  引用  編集 
Title: 和尚様よりご指導が賜りたい。    
自宅の正面のお寺で、数年前に本堂と納骨堂の建て替えがあり、結果お寺の入口、本堂、納骨堂の全てが我が家の真正面となりました。仏様に見つめられる事は有難いのですが、納骨堂もとなると複雑です。以前家族が病に伏せた際には、知人より、この位置関係を指摘されました。特に子供部屋が気になります。また、トイレはとても心苦しいです。お寺の住職はたいへん親切で有難い方である分、気を遣わせてしまいそうで相談するのも躊躇います。かと言って引っ越しや改築の余裕もありませんし、本来お寺のお向かいと言う環境には有難い事だと考えています。しかし家族の体調不良が続いたりするたびに知人の言葉にナーバスになりがちです。仏様や亡くなった方の通り道に失礼になるのか?など、気になります。どうぞご指導が賜われれば幸いです。


Name: 天台沙門
Date: 2016/07/26(火) 10:21   No:5340
  引用  編集 
Title: Re:和尚様よりご指導が賜りたい。    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

結論から申し上げますと、向いのお寺の本尊さまに見守られることにポジティヴな感覚をおもちならば、納骨堂にいらっしゃる方々にも同様の感情をおもちになればよろしいかとお勧めします。



「神仏の通り道」という観点から述べます。
折口信夫が「マレビト」という言葉で示しましたが、日本人にとっての神仏とは基本的に来たり去る存在です。
ですから、来訪神をキチンと祀るかどうかが重要なことになります。神仏は行った先できちんと祀られれば幸運を残しますが粗相をされると悪運を残します。牛頭天王という神様がそういう神格ですので、この神を京都の守護神とするためのお祭が祇園祭です。

別稿でも書きましたが、いまが時期の施餓鬼という仏教行事は、田の神に姿を変えて戻ってくる先祖霊と一緒に祀られなくなったる神々を一緒に祀るという仏教化した夏祭です。俗に「無縁仏はたたる」といいますが、無縁仏(=飢えた鬼!)は供養されないから祟るのであって、供養すればその霊力を守護のために使ってくださるということが日本古来の宗教感覚です。

さて。
子供部屋が気になりトイレが心苦しい、という点がご質問の骨子と理解します。

ここで考えるべきは、寺院の改築以外になにか生活環境で変わったことはなかったのか、ということです。たとえば、部屋を使っているお子さんが進級進学したとか、向い地ではなく隣地でも何か変わっていないかとか、そういうことですね。
仏教は因果関係を単純化することを戒めます。因という直接的な原因と、縁という間接的な原因があり、多様な関係性のなかに「もの/こと」が存在すると仏教は考えます。したがって、様々な可能性を考えあわせたうえで、原因が寺院の改築しかありえないのであれば、そこに不都合の理由を求めてかまわないでしょう。

しかし上記の通り、単純に「お寺の入口、本堂、納骨堂の全てが我が家の真正面」となったことが「家族が病に伏せた」原因となったならば、それはご知人から指摘された位置関係だけではなく、「仏様に見つめられる事は有難いのですが、納骨堂もとなると複雑」という意識も問題ではないかと、私は考えてしまいます。

本尊さんにあわせ納骨堂にも合掌いただければよろしいかとお勧めします。



以上、ご参考までに。




Name: にこ
Date: 2016/07/04(月) 02:10   No:5327
  返信  引用  編集 
Title: 合祀墓のお墓参りについて    
父が亡くなり、私の代で後継ぎいなくなるため
合祀墓を考えております。

ただ今までそういった合同のお墓のお参りをしたことがないので、
どう考えたらいいのかわからない点があります。

合祀墓の場合
父だけでなく他の方も同じお墓に入ってるので、
お墓参りすると、自然に他の方にも手合わせる感じになりますが、
それによってそこいる他の霊に頼られたり取りつかれたりすることもありますか?
よく知らない他人のお墓参りは良くないと聞くので気になりました。

変な質問で申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。



Name: 天台沙門
Date: 2016/07/04(月) 21:11   No:5329
  引用  編集 
Title: Re:合祀墓のお墓参りについて    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。


それによってそこいる他の霊に頼られたり取りつかれたりすることもありますか?
よく知らない他人のお墓参りは良くないと聞くので気になりました。

断言します。まったく問題はありません。
それどころか「父だけでなく他の方も同じお墓に入ってるので、お墓参りすると、自然に他の方にも手合わせる」と、より先祖供養の功徳がいただけます。



……だいたいにおいて、「他の霊」に頼られた(取りつかれた)として、なにか不都合はありますか?
相手が人でありストーキングをしてきたなら問題でしょうが、それが神霊ならばお祀りをすることで祀った人のために霊力を用いて加護をしてくださいます。それが日本古来の宗教感覚です。ご安心ください。
そもそも、他者に頼られるということは人として好もしい属性ではありませんか?

また、よく知らない他人のお墓参りについては、例えばファンが美空ひばりや石原裕次郎の墓参をするということはどうでしょう? ある意味、あちらにとっては知らない人にいきなりおしかけられるようなものです。
または、いろいろな神社のご祭神の故事来歴や御神威を調べてよく知ったうえで参拝をしますか?
そういうものです。

おそらく原始的な宗教感覚では祀られず忘れられた神こそが恐ろしい神でした。つまり誰からも「他の霊」とされてしまうと神は災禍をもたらす祟り神になると信じられてきました。

これからは「お盆」と「施餓鬼」の季節です。

この「餓鬼」ですが、もとはインドの「ピシャーチャ」という妖怪だといわれます。子孫に供養されなかった先祖霊のことです。
この神格が中国語で「供養されない=飢えた」・「霊=鬼」すなわち「餓鬼」と表現されました。ピシャーチャも餓鬼もほおっておくと人に災いをなしますが、きちんと供養すれば災いを成しません。
つまり「施餓鬼」とは、「餓鬼」という祀られない神々(=飢えた鬼神・神霊)に食事を「施す」と、災禍を成すどころか幸福を与えてくれるはずだという思想に基づく合理的風習なのです。われわれにご縁の深い先祖さんと一緒にご縁の浅い「他の霊」をお祀りすることで、諸々の神霊が祟り神とならないようにすることが盆供養の意味です。

ですから「父だけでなく他の方も同じお墓に入ってるので、お墓参りすると、自然に他の方にも手合わせる」と、より先祖供養の功徳がいただける、というわけなのです。



以上、ご参考までに。


Name: にこ
Date: 2016/07/10(日) 16:45   No:5333
  引用  編集 
Title: Re:合祀墓のお墓参りについて    
ご回答ありがとうございます。

私は合祀墓でもいいと思ったのですが、
母が誰に手合わせてるのか、解らなくなると言います。
その点は父に手合わせてるという意識をちゃんと向ければ問題ないですよね。
それとも、こういう人には個人墓にしておいた方がいいんでしょうか?
何と説得すれば良いのか分かりません。

よろしくお願いいたします。


Name: 天台沙門
Date: 2016/07/11(月) 17:11   No:5335
  引用  編集 
Title: Re:合祀墓のお墓参りについて    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

これは個人の信仰心の問題になりますが、特定の「誰か」以外に祈りを捧げることが不愉快であるならば、合葬墓をあきらめたほうがよいとおもわれます。
しかし多くの場合、一家一族の墓も身内限定合葬墓という性格があることは否定できませんから「父に手合わせてるという意識をちゃんと向ければ問題ない」という考え方でよろしいと感じます。



私の思想ですが「先祖供養」というものは「先祖」だけを供養するものではありません。
「先祖」という具体的な誰かを代表として、みずからに関わるすべての存在に対して想いをいたすことが先祖供養の本質です。

仏教の本質は「縁起説」という考え方です。
「因縁」というコトバがありますが、因=直接的原因・縁=環境など間接的原因、を意味します。すべてのモノ/コトは「因と縁」つまり「互いの関係性」によって存在しています。その関係が変われば存在のありかたも変わり、これを「空」と表現しています。

人は地縁血縁という関係のなかで生きています。

ですから「先祖供養」とは、まずは「先祖」という血縁者を代表とする、すべての死者の存在に想いをいたすことになります。
ついで、亡くなった方々も一緒に生きていたことに変わりはありませんから、縁の薄い濃いという違いはあるにせよ、いま一緒に生きているたくさんの人々の存在を考えることにもなります。
さらには、人の「たましい」が「あの世」に行くことが死であるならば、「あの世」から「たましい」が帰ってくると人が生まれることになり、つまりはこれから産まれてくる子やまだ小さな子供たちのことを考えることでもあるわけです。
「先祖供養」とは自分につながる縁すべてを考えることにほかなりません。

御母堂に即してお話すれば、御父君に手を合わせることは御父君を存在させてくれた義父母さんに手を合わせることと同じですし、御父君に存命の家族への守護をお願いするのであれば、御母堂ご自身をはじめとする縁ある方々のことを考えることと同じです。



以上、ご参考までに。


Name: にこ
Date: 2016/07/19(火) 13:45   No:5338
解決   引用  編集 
Title: Re:合祀墓のお墓参りについて    
すみません、返信遅くなりました。
ご回答ありがとうございます。

母がどうも合祀墓になじめないようなので、
結局個人墓にすることになりそうです。

色々とお答え頂きありがとうございましたm(_ _)m




Name:
Date: 2016/07/11(月) 10:36   No:5334
  返信  引用  編集 
Title: 生前と死後宗派と違い    
最近母が亡くなり、葬儀しました。母の姉妹が家の宗派は浄土真宗と聞いたので、結果は葬儀は浄土真宗でしました。でも自宅に日蓮宗の水子の位牌があります。それに霊鑑の書に水子の事を書いています。実弟の遺影もありました。生前日蓮宗そして死後浄土真宗と言うのは良いのですか


Name: 天台沙門
Date: 2016/07/11(月) 17:35   No:5336
  引用  編集 
Title: Re:生前と死後宗派と違い    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

まずはお悔やみを申し上げます。
結論だけ申し上げますが、生前は日蓮宗であって死後は浄土教であっても別に問題はありません。



天台宗は、朝の勤行に法華経を読み、夕の勤行に阿弥陀経を読みます。これを「朝題目・夕念仏」といいますが、そんな天台宗徒からすれば、大事なことはご遺族がその方の死を受け容れる/死を乗り超えるための役に立つかどうかであって、宗旨の違いを気にすることはありません。

閑話休題。

天台宗の立場としては、法華経を信仰するということ(日蓮宗)は生きている間により善く生きることが目的で、阿弥陀仏を信じるということ(浄土真宗)は死後に往生できるという安心を得ることが目的です。裏を返すと、阿弥陀仏を信じることで「死んだらどうなる?」という不安から自由になれるからこそ、法華経によるより善い生き方を実践できるということになります。

別の言い方をすると、日蓮宗さんのように法華経を信仰するということは現実の世界の利益を求めるということで、真宗さんのように阿弥陀仏を信じるということは来世の安穏を求めるということです。つまり、それぞれ違うことを目的としているので、どちらが正しいという話にはなりません。

法華信仰と浄土信仰とは相互補完の関係にあるのです。



以上、ご参考までに。




Name: たいじ
Date: 2016/06/30(木) 13:58   No:5325
  返信  引用  編集 
Title: 勝手に位牌分け    
「位牌分け」についてご相談させて下さい。

他人(親族でない者)が、親族に何の断りも無く「位牌分け」をして供養をするなど、よくある事なのでしょうか?

数年前に父が亡くなりました。仏壇、位牌はもちろん実家にあり供養しています。
ところが先日、私共親族には何の連絡も無く、とある場所で父の位牌が仏壇に祀られ、関係者に「礼拝するように」と勧めていると人づてに聞き、大変驚き困惑しています。
その位牌分け(別の位牌があるのですから、位牌分けという事ですよね)した位牌は、適当にでたらめで作った物でなく、正式にお坊様にお願いし開眼法要も行ったとの事です。

なぜそのような事をしたのか、そのとある場所の責任者に問い合わせられれば簡単なのですが、色々複雑な事情があり、出来れば連絡は取りたくありません。

「位牌分け」それ自体については、ネットで調べてみた限り、「位牌を新しく作り故人を供養する事自体は良い事で問題は無い。」ようだと知りました。
でもそれは、例えば仏壇がある実家にはなかなか行けないが、毎日お線香はあげて供養したい等、あくまで親族間で行う事だと思うのですが…。

それを他人が、ましてや無断でとなると親族としては簡単に納得出来るものではありません。

お伺いしたいのは、他人が「勝手に」位牌分けする事など許されるものなのか、もしそれが許されるとしたら、例えば亡くなった有名人の位牌を私が勝手に作り、自分の店(店など持っていませんが例えばの話です)の仏壇に祀り「ファンの皆さんもお参りして。」もOKという事になり、とてもおかしな事だと思うのですが。

位牌分けをどうしても止めさせたい、という訳ではありませんが、心をどう落ち着かせたら良いか分からず悶々とした状態が続いています。

是非お考えをお聞きしたくご相談させて頂きました。

どうぞよろしくお願い致します。



Name: 天台沙門
Date: 2016/07/06(水) 21:45   No:5330
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Title: Re:勝手に位牌分け    
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。

結論から申し上ます。
たしかに親族でない者が位牌を造り故人の供養をすることは「よくある事」ではないと考えられます。
しかし礼拝対象とするために誰が誰の位牌を作ろうとも、それは「信教の自由」の範疇に属することなので妨げることはできませんし、妨げてはならないことと私は信じます。

その「場所(=組織)」と御父君との関係が不明ですが、「貴方のご親族」という「自然人」が御父君を追悼することと同様に、「組織」という「法人」が御父君を追悼することも当然であると考えます。
追悼という行為の根底にあるものは、仏教でいう「縁」というものであり、これは「人間同士の関係」ということです。
個人であろうが組織であろうが、それ自らになんらかの縁をもち、なおかつ異界(天界・神界・冥界)にいってしまった人の記憶を想起する行為が「追悼する」ということです。

さて、著名人の位牌を「勝手に作り」という点について、逆に「位牌でなければかまわないのだろうか?」と自問してみてください。
それは、例えば「ビートルズ・バーのオーナーが12月8日にジョン=レノンの遺影をかざり追悼イベントを行なう」ということと同じであり、自然なファン感情というものではないでしょうか?
いわば「故人の位牌を造る」という行為は「個人の神格化」と同じことです。(註:故人/個人は変換ミスではありません)

「追悼してくれるのはかまわないが、位牌を用いた儀礼で行われることは認め難い」とのお考えでしたら、それは別の問題と考えます。

ところで、別項([No.5079]2014/04/03および[No.5236]2015/07/25)でも書きましたが、
 「位牌や墓石」=「各種情報端末」
 「たましい」 =「クラウド上に存在する情報」
 「人々の縁」 =「ネットワーク」
と置き換えることができます。

さらには「位牌=名=記号」・「たましい=人格=情報」・「人々の縁=社会=ネットワーク」したうえで(いわゆる)キラキラネームを補助線に使ってみましょう。

「名」が社会における個人を示す記号として使用される以上、「名」は社会的な共有物としての意味をもちます。
したがってキラキラネームという読み難い名は個人と社会との関係を疎外します。
よってキラキラネームを避けることは世の中で生きていくうえで必要なことと考えられます。

同様に「たましい」と呼ばれる死者の人格も、生者が世の中というネットワークのなかに存在してきた以上、「記憶という情報」は世の中で共有されざるをえないものなので、「想い出」へのアクセス権を親族が独占すべきものではないし、できるものでもないと私は考えます。



Q1
他人(親族でない者)が、親族に何の断りも無く「位牌分け」をして供養をするなど、よくある事なのでしょうか?
A1
「よくある事」ではありませんし、多くの場合は個人が親族のものを作ることになります。

Q2
「位牌分け」それ自体については、ネットで調べてみた限り、「位牌を新しく作り故人を供養する事自体は良い事で問題は無い。」ようだと知りました。
A2
「位牌分け」という行為は、分家を作る際に本家の先祖の位牌を「分け」たり、嫁入り/婿入り道具のひとつとして実家の先祖の位牌を「分け」たりすることで、珍しい行為ではないとおもわれます。



余談ながら、神道という観点では貴方の感覚のほうが正統的です。

本来は「氏神」は一族のみの神でした。
他族がみだりに祀ると祟られると信じられていましたから、その一族以外の人々は、他族の氏神とは関わりをもたないようにしました。「触らぬ神に祟り無し」ですね。
この思想をつきつめた神が伊勢神宮です。天皇その人だけの神であり、皇族の神ですらありませんでした。皇太子でも参拝には勅許を必要としたほどです。
しかし古代から中世にかけ血縁よりも地縁が重視される社会になると、土地の守護神である「産土神」が「氏神」よりも実力をもつようになり現在に至りました。

以上、ご参考までに。


Name: たいじ
Date: 2016/07/07(木) 13:32   No:5331
  引用  編集 
Title: ありがとうございました。    
天台沙門様

ご丁寧なご回答を下さり心より感謝申し上げます。

位牌でも遺影でも、他の何かしろの品物に手を合わせるにしても大差は無いとの事、よく分かりました。

「位牌」=「情報端末」、ここがポイントですね。
「位牌」=「家族が亡くなった時お坊様にお願いし戒名を頂き刻み、親族代々が守っていく唯一無二な大切な物」というような気持でおりました。

「位牌」=「情報端末」なのであれば、何も腹を立てたり、悩んだりすることはないですね。

どうにか心を落ち着かせる事が出来ました。
ありがとうございました。





 
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